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メモ ハンナ・アーレント 「近年のヨーロッパ哲学思想における政治への関心」 

4622070138アーレント政治思想集成〈2〉理解と政治
ハンナ アーレント J. コーン Hannah Arendt


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メモ ハンナ・アーレント 「近年のヨーロッパ哲学思想における政治への関心」 "Concern with Politics in Recent European Philosophical Thought" 
『アーレント政治思想集成』 第2巻


 修士論文用の覚書です。


 ハンナ・アーレントによる1954年におけるこの講演の草稿は、ふたつの点で非常に重要である。まず、第一に重要なのは、政治哲学の源泉をタウマゼインにあるとするアーレントの政治哲学観がはっきりと定式化されている点である。そして、第二に、政治哲学の課題としての「思考」と政治の関連性というテーマを、1954年の時点で(『イェルサレムのアイヒマン』に先立つこと9年、『精神の生活』に先立つこと24年)アーレントが既に考えていたことを教えてくれる点においてである。以上のふたつの点において、この講演草稿はアーレントの研究の方向性、その探求の対象について大きな示唆を与えてくれるものと思われる。ゆえに、この草稿は非常に重要なものである。

 タウマゼインとは古典ギリシャ語で「驚き」を表す言葉である。そして、アリストテレスはすべての哲学はその「驚き」(タウマゼイン)から始まると述べた。

 しかし、アーレントの問題意識は、そのような哲学という学問の性格に関わらず、政治の領域が不当に扱われてきた点であると思われる。パスカルの皮肉を待つまでもなく、確かに政治哲学の伝統において哲学者たちの政治への関心は二次的なものであった。

 実際、アーレントによると「哲学者にとって政治への関心は自明のものではな」く、むしろ「政治哲学のほとんどがポリスや人間の事柄の領域全体に対する哲学者の否定的な、場合によっては敵意さえこもった態度に発している」(p278)という。また、「歴史を振り返れば、政治哲学を豊かに生み出したのは哲学をするには最も不向きな時代」であったとされ、「哲学者をして政治への関心を抱かせるのは、自己保存であり職業上の利益のあからさまな擁護であるのが通例だった」(ibid)とまで言われるのである。

 確かに、政治哲学という学問の系譜を西欧中心に観ていく場合、その原点にあるのは、やはりソクラテス裁判であろう。政治がソクラテスを殺した。最愛の師をアテナイの衆愚政治によって殺されたプラトンの衝撃が、彼の政治哲学の原点となった。そして、西欧政治思想史において、プラトンはひとつの源流なのである。

 いってみれば、西欧の政治哲学はその始原において既に、政治と哲学の根源的な緊張関係を内包していたと言えよう。したがって、パスカルがプラトンやアリストテレスの政治哲学を、あたかも精神病院の規則をつくるような嫌々ながらの作業だったと皮肉るとき、そこにはある種の真実があると認めざるを得ない。つまり、アーレントが言うように「哲学者をして政治への関心を抱かせるのは、自己保存であり職業上の利益のあからさまな擁護であるのが通例だったのである」(ibid)。

 しかし、アーレントによると、そういった哲学者による政治の領域への不当な距離感は、「人びとを動揺させた政治の経験、わけても二つの世界大戦、全体主義の経験、そして核戦争のおそれがあるという恐怖」(p280)、特に全体主義という現実化した「根源悪」のインパクトによってによって取り払われた。「現代の政治哲学」は「政治の領域に惹きつけられる」(p281)。それは、「その理論のもつ窮状が現代の世界で具体的にそれとわかるリアリティを帯びるようになったからにほかならない」(ibid)と説明される。

 ここでアーレントが問題にしているのは、政治という人間の間の事柄が、本来立派に哲学の対象たり得るし、また対象でなくてはならないということだと思われる。すなわち、他のすべての哲学の分野と変わらず、政治哲学の源泉もまた、人間のなしたこと・なし得ることへの驚き(タウマゼイン)でなくてはならない。そして、政治哲学という学問もまたそこから始まらなくてはならないとアーレントは考えていたのだろう。

 ならば、ここで問題なのは、アーレントにとってのタウマゼインの対象である。無論、これはこの講演における文脈に沿って「全体主義の経験」や「核戦争に対する恐怖」ともいえるだろう。しかし、最も根源的なアーレントの「驚き」の経験とは、やはり「全体主義」の体裁をとり現象した「根源悪」との対峙ではなかったのではないだろうか。これは推測だが、人間がなぜこれほどのことをし得るのか、どのようにしてこれほどの「悪」を担いうるのかという「驚き」が彼女の政治理論の根底にあったのではないかと思う。すなわち、彼女の語られざる「悪」の描き出すということはは、彼女の政治理論家としての'思考のきっかけ'、探求の根本動機を明らかにすることにつながる。

 また、この講義の内容についてもうひとつ興味深いことがある。それは、彼女が今後の政治哲学の課題として、「人間の思考のもつ政治的意義」(p301)の探求というテーマを挙げていたことである。これは、まさしく彼女が晩年、最後に残された力を注いだ遺作、『精神の生活』における主要なテーマのひとつである。

 「思考の政治的意義」の探求というテーマについて、彼女はさらに詳しく述べている。つまりそれは、「けっして単数では存在しない存在者、そして、複数性…をその本質とする存在者が思考する際の有意性と条件を探求すること」(p301)であるというのである。

 一般的には、彼女のこういった「思考」と政治のかかわりについての思索は、アイヒマン裁判で受けたショック―彼のなした悪の巨大さ(ユダヤ人の大量虐殺)に比較した彼の人間性のあまりにもの平凡さ―をきっかけにはじめられたと見られがちだ。しかし、この講義における議論は、そういった「思考の政治的意義」についての思索の萌芽となるものは、かなり早い段階で彼女の中に存在したということを示唆してくれる。

 彼女の『精神の生活』第一部における結論は、アイヒマンに代表されるナチ党員の多くの「思考の欠如」が、彼らにあのような巨悪を担わせることを可能にしたということである。そうしてみると、やはりアーレントは1954年という比較的はやい段階で、すでに全体主義の惨禍と人々の「思考」、あるいは精神生活の在り方の強い因果関係を意識していたと言えるのではないだろうか。

 以上、この1954年の講演はアーレントにおける「悪」の概念を探求していくにあたって二点の有意義な示唆を与えてくれる。まず、アーレントにおける「政治哲学とはなにか」という観点をタウマゼイン(驚き)という源泉との関わりにおいて描き出す点において、またさらに彼女が当時政治哲学の課題としてすでに「思考の政治的意義」というテーマを考えらていたという点を示してくれる点において非常に重要な資料であるということがいえそうだ。


 アーレントにおけるタウマゼイン

 政治哲学の課題

「新しい政治哲学にとって決定的に重要なのは、思考のもつ政治的意義を探求することだろう。すなわち、けっして単数では存在しない存在者、そして、複数性―人間の本章をめぐる伝統的理解に我-汝関係を加えたところで解明にはほど遠い―をその本質とする存在者が思考する際の有意性と条件を探求することだろう。(p301)」

 「人間のなしうる事柄、世界がそうありうる事態に対する言語を絶した恐れは、多くの点で、哲学の問いがそこから発する恩恵と多くの点で結びついている」(p300)


現代哲学の諸潮流はその必要条件を充たす
  1. ヤスパースによる真理の最定式化

  2. ハイデガーによる平均的日常生活の分析

  3. フランス実存主義者によるアクションの強調




以下抜粋


 哲学者にとって政治への関心は自明のものではない。政治哲学のほとんどがポリスや人間の事柄の領域全体に対する哲学者の否定的な、場合によっては敵意さえこもった態度に発していることを、私たち政治学者は見逃しがちである。歴史を振り返れば、政治哲学を豊かに生み出したのは哲学をするには最も不向きな時代だったことがわかる。 哲学者をして政治への関心を抱かせるのは、自己保存であり職業上の利益のあからさまな擁護であるのが通例だったのである。

 私たちの哲学思想の伝統が生まれるきっかけとなった出来事は、ソクラテスの裁判と死、つまりポリスによって哲学者に有罪宣告が下されたことである。プラトンに付き纏って離れなかった問い、そしてそれ以来独創性をもった政治哲学の数とほぼ同じ数だけの答えを招き寄せた問いとは次のようなものである。

 哲学は人間の事柄の領域からいかにして自らを保護し、解放することができるのか。哲学という活動様式にとって最善の条件(「最善の統治形態」)とは何か。

 この問いへの答えは多岐にわたるが、それらにはいくつかの点で一致する傾向が看取される。平和こそコモンウェルスの最高善であり、内戦は悪の中でも最たるものであり、統治形態をはかる最高の基準はその耐久性である、という傾向がそれである。言いかえれば、哲学者がほとんど一致して政治の領域に求めてきたのは、語の固有意味での行為action(すなわち法の執行や規則の適用あるいはその他の管理運営の活動様式ではなく、予言不可能な何か新しい結果をもたらす始まりbeginning)がまったく余計なものになるか、さもなくば少数者の特権にとどまるような状況だった

 それゆえ、伝統的な政治哲学には、人間の生の政治的側面を、人間の行為するという能力からではなく、むしろ人間という動物を互いに共存するように強いる必然性から引き出す傾向が強かった。しかもそれには、哲学者にとって不幸な、複数性pluralityという人間の条件の必要に最もよく似合う状態、少なくとも哲学者がこの人間の条件に煩わされずに、生きていくうえで最適の状態についての理論をもってその結論とするような傾向があった。現代では古来の探求について耳にすることは稀になった。ニーチェが、彼に先行するほとんどの哲学者は次のことを大衆の眼から注意深く隠そうとしてきたと公然と認めたとき、この古来の問いは死滅してしまったのではないかと考えたくなる。すなわち、「政治というものは二流の精神でも十分やっていけるような仕方で編成されるべきであって、各人が日々政治を念頭におく必要などまるでない」(注1 Vol.5 the Kro(um)ner pocket book edition, "Blicke in die Gegenwart und Zukunft der Vo(um)lker," No.17. Cf. also Morgenro(um)te, No.179〔芽野良男訳 『曙光』 ちくま学芸文庫、1993年、206頁〕)、と。(ここまで原文では一段落)(p278-79)



 今日の政治思想は、人間の事柄は真正な哲学的問いを提起するということ、政治は紛れもない哲学的問いが生じる領域であり、政治とはまったく異なった経験に由来する指令をもって支配されるべき生の圏域ではないということを認める点で、伝統的な背景からはっきり袂を分かっている(p280)



 すべての政治哲学がそうであるように、西欧に見られる現今の政治への関心は、人びとを動揺させた政治の経験、わけても二つの世界大戦、全体主義の経験、そして核戦争のおそれがあるという恐怖に発していると考えられる。ある意味では、こうした出来事によって、哲学はこれまでになく政治的な偶然事のもつ重要性に対してよく備え、哲学者これまでになくもの重要性を自らすすんで認めざるをえなくなっている。(ibid)


 現代の政治哲学が政治の領域に惹きつけられるのは、その理論のもつ窮状が現代の世界で具体的にそれとわかるリアリティを帯びるようになったからにほかならない。[理論と現実の]この奇妙な符号は、真理が啓示されるのはひとり哲学者に対してのみであるという、哲学者が最も大事にしてきた特権にはもちろん触れずに、哲学と政治、思考と行為を歴史のなかで和解させるヘーゲルの予定調和を越える決定的な一歩をしるすものである。(p282)


 …私たちの自由の概念は、少なくともその政治的側面においては複数性の外部では考えられない、そしてこの複数性は、生と思考の異なった様式だけではなく、それらの異なった原理を含むということである。単一の普遍社会が指示しうるのはただ自由への脅威のみである。他方、異を唱えがたいのは、なおも単一ではない状況のもとで、各国民が世界の反対側で犯されるすべての犯罪や過失に対して重要性を感じ、責任(道徳的にではなく、明白な政治の事実性において)を負わなければならないということである。(p288)




 ここで取り上げてきたすべての哲学者のなかで、ヤスパースは独自な位置を占めている。つまり、ひとり彼だけが確信をもったカントの弟子であり、この点は私たちの文脈ではとくに重要である。カントは、先に引いたパスカルの言明が当てはまらない数少ない哲学者の一人である。カントが掲げた有名な三つの問い、すなわち、「私は何を知りうるか」「私は何をなすべきか」「私は何を望んでよいか」のうち、彼自身の仕事で枢要な位置を占めているのは第二の問いである。カントのいわゆる道徳哲学はその本質において政治的である。カントが、伝統的には政治家の特権とされてきた立法しかつ判断する能力を万人に帰す限り、その哲学は政治的である。カントによれば、道徳の活動様式とは、立法すること―私の行為の原則が普遍的な法となりうるように行為すること―であり、「善意志を持つ人間」(善き人間のカントによる定義)とは、既存の法に服従することにではなく、立法行為に普段にたずさわることを意味する。その際、立法としての道徳的な活動様式を指導する政治の原理は、人類の理念にほかならない。(p294~95)



 ヤスパースは、哲学の世界史を単一の世界大の政治体のための適切な基礎として提示しようとする。(注20 これがヤスパースの歴史の哲学、そして先に引いた作品〔『歴史の期限と目標』〕に提示された「世界史の枢要時代」(紀元前五世紀よりも前に遡るすべての偉大な世界文明の起源となった時代)というそのテーゼの中心にある意図である。この作品以来、ヤスパースは「哲学の世界史」に取り組んでいる。)翻ってこのことが可能なのは、ヤスパースの哲学においては、コミュニケーションが「実存的」中心をなし、コミュニケーションと真理が現実には同一のものになるにはかならない。新しいグローバルな状況で哲学的人間にふさわしいのは、「制約なきコミュニケーション」への態度である。それは、人間の本来的な共生の
第一条件として、自らを開示し他者に耳を傾ける善意志と並んで、すべての真理は理解されうるとの信念をうちに含んでいる。コミュニケーションは志向や感情の「表現」ではない。もしそうならコミュニケーションは思考や感情にとって二次的でしかありえないだろう。真理そのものがコミュニケーションの性格をもち、コミュニケーションの外部には真理は存在しない。思考は、いやしくも真理に達しようというのであれば必ずやコミュニケーションを目指されなければならず、そのかぎり思考は実際的(プラグマティック)ではないにしても実践的(プラクティカル)となる。思考は、個人が自ら選ぶ単独性(solitude)におけるパフォーマンスというより人びとの間で遂行される実践なのである。私の知るかぎり、ヤスパースは単独性に抗議したこれまで唯一の哲学者であり、彼にとって単独性は「有害な」ものとして映る。ヤスパースは、「あらゆる思考、あらゆる経験、あらゆる主題」を、「それらがコミュニケーションにとって何を表すのか、それらはコミュニケーションに資する類のものかそれともコミュニケーションを妨げる類のものか、それらは人間を単独性に誘うのかそれともコミュニケーションを喚起するのか」(注21 "U(um)ber meine Philosophie" in Rechenschaft und Ausblick, 1951, 350ff.)という問いに即して吟味しようとさえする。ここでは、哲学多くの真理を調停するものとなる。それは、哲学が万人に妥当する単一の真理を手にするからではなく、あらゆる他社からの孤立(isolation)のうちで各人が信じる事柄が人間的印なりかつ現に真理となる場は、理性にもとづくコミュニケーションを措いてほかないからである。(p295~96)



 今日では、歴史の辿る歩みがそれ自体で自由のさらなる実現に向かうといった考えほど疑わしいものはないように思える。歴史の趨勢や傾向を考えるなら、むしろその反対がはるかに妥当するように思われる。さらにいえば、精神と現実(reality)を和解させようとするヘーゲルの壮大な企ては、ひとえに、物事を調和させ、あらゆる悪のなかにも何らかの善を見いだす能力を頼みの綱とした。しかし、かりにそのような思考が妥当しえたとしても、それは「根源悪」(哲学者のなかでひとりカントだけがこの悪を、たとえ具体的な経験に即してではなかったとしても考えた)が現実に生じるまでのことでしかなかった。絶滅収容所の現実とあえて和解しようとする者、弁証法が奴隷労働のうちに「意味」を発見するまで定立―反定立ー総合のゲームにあえて耽ろうとする者が果たしているだろうか。今日の哲学にこれと同類の立論を見かけるとき、私たちはいつも、現実への感覚がそもそも欠落しているがゆえに説得力を感じないか、あるいはその自己欺瞞に疑いを抱きはじめるかのいずれかである。

 言いかえれば、今日の政治的出来事の紛れもない恐怖、それとともに将来に起こりうるいっそうおそるべき出来事〔への懸念〕が、これまで言及してきたすべての哲学の背景にある。私にとってこれらの哲学の特性と思われるのは、いま述べた経験的背景について哲学の用語を遣って言及したり分析したりする者がその哲学者のなかに誰一人いないことである。恐怖の経験をそれとして認め、真剣に受け止めることを拒否することにうよって、これらの哲学者は、プラトンやアリストテレスに従うならすべての始まりにあるあのタウマゼイン、すなわち現にそのようにあることへの驚きを人間の事柄の領域には認めようとしない哲学の伝統を引き継いでしまったかのようである。
(原文改行なし)
 そればかりか、彼らは、この驚きを政治哲学の第一の条件として受け入れることさえ拒んでしまったかのように見える。というのも、人間のなしうる事柄、世界がそうありうる事態に対する言語を絶した恐れは、多くの点で、哲学の問いがそこから発する恩恵と多くの点で結びついているからである。(p300)



 政治の領域に対する哲学者の態度、あるいは哲学的存在者としての人間と政治的存在者としての人間の間にある結びつきをあらためて定式化することに新しい政治哲学の可能性が多分にかかっている…(ibid)



…新しい政治哲学にとって決定的に重要なのは、思考のもつ政治的意義を探求することだろう。すなわち、けっして単数では存在しない存在者、そして、複数性―人間の本章をめぐる伝統的理解に我-汝関係を加えたところで解明にはほど遠い―をその本質とする存在者が思考する際の有意性と条件を探求することだろう。(p301)



 哲学の他のあらゆる部門と同じように、政治哲学はただタウマゼインの根本的な作用から生じうるものである。(p301)

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