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書評 小野不由美 『図南の翼』 

図南の翼 十二国記 講談社文庫
4062730529
小野 不由美


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 この作品は十二国記というシリーズにおける、番外編。にも関わらず、自分はこれが一番好きかもしれない。

 換骨奪胎という言葉があるが、小野不由美による十二国記シリーズほど、これを見事にこなしている作品はそうはない。諸々の中国の神話、易姓革命、そして歴史…それらについての膨大な知識をネタに、完全にオリジナルなファンタジー世界へと調理してしまう小野不由美の力量には脱帽してしまう。

 十二国記の世界は王政だ。そして、王は天の意を代弁する神獣、麒麟が選ぶ。麒麟に選ばれた王は不死の命と様々な力を得るが、失政を行うと天命を失い命を失う。そして、王を失った国では、気候が狂ったり、妖魔が出没したりと、兎角ろくなことがない…文字通り、「沈む」のである。だから、王を失った人々は麒麟が新たな王を探すのを待つ一方、志のある者たちは「昇山」―麒麟が住む蓬山に自ら登り、麒麟に会うことにより自分が王の器量であるかどうかを確かめること―することによって天の意志を問う。

 十二の国のひとつ、恭国は王を失って数十年になる。街中にも妖魔は徘徊し、人々は苦しんでいた。しかし、王は依然として見つからない。一方、主人公の珠晶は12歳、豪商の末娘として何不自由ない暮らしをおくっていた。しかし、家の外では人々は日に日に貧しくなり、連日のように貧しい友達は妖魔に襲われ命を落とし、ついには彼女の学校の師匠までが食べられてしまった。だが、大人たちは諦め半分で日々の生活に追われ、また、王が見つからない状況に慣れてしまい、誰も昇山しようとは思わない。物語は、彼女がふがいない大人たちに代わって昇山することを思いつくところから始まる。
 
 蓬山にたどり着くためには黄海と呼ばれる、妖魔の徘徊する未開の地を数ヶ月にわたって旅しなくてはならない。そんな中で、珠晶は生き抜くために時には他人を犠牲にし、また時には人の愚かさに反発し、また時には自分の幼さや思い上がりから手痛い失敗をしたりする。特に面白いのが、彼女が雇った護衛の頑丘という男と珠晶の価値観のぶつかり合いだろう。

 雇い主である珠晶の命以外の者の安全はどうだっていいとする頑丘に対して、珠晶は持ち前の潔癖さから激怒するわけだが、それに対して頑丘は冷たくこう言い放つ。

「群れ集って黄海を行けば、危険は頭数の分だけ分散される。五百人全員を、俺一人で蓬山まで連れていけるわけなどなかろうが。剛氏の十数で守りきれるとでも思うか?俺にできるのは、自分の雇い主を守ることだけだ。雇い主さえ無事なら、俺はそれで責務を果たしている。他の連中が死んだところで、その血をもって妖魔を引きつけてくれれば、ありがたいと思うだけだ。」(p160)


 自分の甘さを思い知り、落ち込む珠晶に対して、ともに旅をしている利広という謎の若者は、

「王朝の存続のために、国土の安寧のために、王は血を流すことを命じる。たとえ王自身が命じなくても、臣下がそれを行えば、流血の責は王に掛かる。いかなる意味においても、無血の玉座はありえない…(中略)…自己のために他の血が流される。―それが玉座というものだ」(p161)


 と更に追い討ちをかける。

 思い上がった傲慢で小賢しい小娘…おそらく多くの読者は、最初は珠晶についてそういった印象を受けるのではないだろうか。彼女はよくも悪くも、年相応に潔癖で小賢しい、そしてわがままな12歳の少女である。したがって、そういった第一印象は決して的外れではないだろう。

 しかし、一方で珠晶には荒む一方の世の中に対しいきり立つ正義感や、苦しんでいる人々に同情する優しさ、身を挺して彼らを救おうとする強さ…そして何より年齢相応の脆さと弱さも併せ持っている。そんな彼女が、過酷な旅、そして様々な人との触れ合いにより成長し、王に相応しい器量を開花させていく過程は、時に痛快であり、また何かと考えさせられるものがある。

 特に圧巻なのはクライマックスにおける、以下のやり取りに続く一連の珠晶の本音のほとばしりだろう。

 「玉座は子供の玩具ではない。玉座とは座るものでなく、背負うものだ。王の責務を背負うということが、どういうことだか分かっていれば、自分が王の器だなどと、口が裂けても言えるものではない」

 「分かってるわよ。国を背負うと言うんでしょう。国の民の命が全部肩にかかっているのよね。王が右を選ぶか左を選ぶかで、万という単位の人が死んだり泣いたりするのよ」

 「それを自分が、正しく果たせると?」

 珠晶は叫ぶ。 

 「そんなこと、あたしにできるはず、ないじゃない!」(p349)


 追い込まれ、すべての強がりやプライドを取っ払ったときに現れた、珠晶という人間の心の美しさ…正義感、責任感の強さ、優しさを強く印象づけ、更に人の上に立つということの難しさについて深く考えさせる名場面だと思う。ぜひ、続きは一読をお勧めしたい。








 以下、本文より抜粋。



 「…今はいろいろと辛い時代だ」

 「みんなそう言うわね」

 「お前が周囲の人々を見て心を痛める気持ちはわかるが、そんなふうに投げやりになってはいけないよ」

 「別に投げやりになんか、なってないわ」

 「―珠晶」

 珠晶は座ったまま、父親を見上げた。

 「お父様は昇山しないの?」

  如昇は僅かに目を見開いた。

 「昇山?」

 「だって、王さまがいらっしゃらないから、辛い時代なんでしょ? お父さまが王になれば問題なくなるんじゃない」

 如昇は娘の髪を撫でて、苦笑しながら首を横に振った。

 「恵まれているとはいえ、わたしは一介の商人に過ぎないんだよ、珠晶」(p31)




「お嬢ちゃん、いいことを教えようか?」

「―何?」

 足を止めて振り返った珠晶に、利広はおおらかな笑みを向ける。

 「嘘をつくときには、言葉は控えめにしたほうが、本当らしい」

 珠晶は目を見開き、そして天を仰いで息を吐いた。(p61)




 「ねえ、おじさん?」

 頑丘に取りついた厄介の種は、寒そうに肩を竦めながらも、無邪気に頑丘を見上げた。

 「なんだ」

 「どうして布を被ってるの?」

 頑丘は舌打ちをしてこれには答えなかった。頭から布を被っているのは、知り合いに顔を見られたくないからだ。こんな子供を黄海に連れて入るなど、どうあっても仲間には知られたくない。いい物笑いの種だ。

 「まったく……」

 息を吐くと、珠晶は笑う。

 「おじさんも諦めが悪いわねぇ。お金が要るんでしょ?」

 そうとも、と口の中で呟いて、頑丘は珠晶を見下ろした。(p83)




 「覚えてらっしゃい」

 小さく珠晶が呟いて、頑丘は珠晶を見やる。

 「あたしが登極したら、一網打尽よ。絶対に後悔させてやるわ」

 頑丘は肩を落とした。

 「お前、昇山するだけでなく、王になる気でいるのか?」

 「あら、昇山って、そのためにするものでしょ?」

 「自分が選ばれるとでも思ってるのか」

 「そう思って、どうしていけないの?」

 はいはい、と頑丘は呟いた。

 孟極は悪くない騎獣だ。徒党を組んだ連中が獲物として狙うくらいだから、いい値がする。それを所有していたくらいだから、相当に家は羽振りが良いのだろう。見れば、どことなく品の良さげな子供ではあるし、人にものを命じることに慣れている様子でもある。世間知らずの富豪の娘が、珠のように大事にされた挙げ句、思い上がって蓬山を目指す。―そんな例を聞いたことはないが、あってもおかしくはないことのような気がした。(p86)

 

「もしも君が王だったら、どうする?」

 珠晶はその天仙を振り返った。

「そんなの、もしもが起こったときに考えるわ。―でも、そうね。もしもあたしが王なんだったら、この国でまっとうな人間がいなかったということだから、引き受けてあげないとしょうがないわよね」

 なるほど、と彼は笑うふうだった。

 「君は王になったら、贅沢三昧ができるね。たくさんの下官が君の足元に身体を投げ出して礼拝する」

 「ばかみたい。あたし、今までだってそりゃあ贅沢したきたわよ。立派な家だってあるし、利発で可愛いお嬢さんだって、大切に大切にされてきたんだから」

 「なのに荒廃が許せないんだね。―なぜ?」

 珠晶は呆れ果てた顔をした。

 「そんなの、あたしばっかり大丈夫なんじゃ、寝覚めが悪いからに決まってるじゃない」

 「そう…」

 「国が豊かになって、安全で、みんなが絹の着物を着て、美味しいものをお腹いっぱい食べてたら、あたし着替えたりご飯を食べたりするたびに、嫌な思いをせずにすむのよ。心おきなく贅沢のし放題よ」

 そうか、と彼は微笑む。(p351~52)

 
 「ご飯を食べられない人にはね、分けてあげたいと思うと、施しだと思われるの。苦労知らずのお嬢さんには、人を助ける権利はないのよ。可哀想に思って何かしてあげようとすると、いい気になってるって言われるの。そのくせ、贅沢をしてるって責めるのよ。ひもじい思いなんてしたことないだろう、って言われたら、ないわよ、うちはお金持ちだから、って高笑いするしかないのよね。そうでなければ、許されないの」

 頑丘は苦笑した。(p355)
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十二国記シリーズ『図南の翼』小野不由美を読む

★★★★★星5つです。ビルドゥングスロマンの王道中の王道     云わずと知れた、小野不由美さんの中国系ファンタジーの傑作『十二国期』シリーズ5作目の作品です。上記左が、講談社ホワイトハート文庫で、右が表紙に絵が書いてあると買えん!!という弱腰
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