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紀貫之 忘らるる 時しなければ 春の田を 返す返すぞ 人は恋しき 

忘らるる 時しなければ 春の田を
 返す返すぞ 人は恋しき
  紀貫之


 昔、インターネットが常時接続でなかったころの話。

 高校生だった自分は、ある女の子と頻繁にメールを交換するようになった。

 折しも、メグ・ライアン主演の"You've got mail"が流行った時期。メールというのは、今ほど日常生活に溶け込んでいるものでもなく、なんだか新鮮でわくわくするコミュニケーションツールだった。

 当時は電話回線を通じてインターネットに接続していた。今のようにつなぎ放題の定額というわけではなく、3分いくらという形で課金されていたように思う。だから、インターネットをするときは、とりあえず接続した後は、まずメールを送受信した後ひたすらたくさんのページを開いて、切断したから読むというような事をやっていた。

 好きな人とのメールは、出した瞬間に返事が欲しくなるもの。そういうわけで、当時の自分はそんなにすぐ返事が来るわけはないとはわかっていながらも、長文のメールを出してから10分もすると、どきどきしながら回線をつないでは落胆し、また10分ほどたって接続しを繰り返していた。

 しかし、恋とはそういうものではないだろうか。

 そう、あたかも種をまいたばかりの春の田、そんなにすぐに芽など出るわけはないのに、まだかまだかと掘り返してしまう。まいてしまったなら、あとは雨と太陽と大地に委ね、手入れさえ怠らなければしかるべき時に必ず実るはずのものなのに。

 だけど、ただ愛おしく、心の休まる時もなく、その人の事しか考えられない。だから無駄に手を入れてしまい、種は死んでしまう。ただひたすら種をまき続け、きちんと枯らさぬように手入れを続けていれば、しかるべき時に実るべきものは必ず実るものを…。

 そうやって、未熟なうちは恋だけに限らず、本来時が来れば豊かな実りをもたらすはずだった色々なものを駄目にしてしまう。だけど、そうした心境はとても苦しい半面、苦味の中にある種の甘さがにじんでいるのも事実だ。それもまた恋の、そして生きる事の味わいとも言うべきか。

 ひょんなきっかけから、最近折に触れて口ずさんでいる。

 こういう初々しい心境にはここぞ数年縁が無いが、口ずさんでいるとなんだか物狂おしくもせつない心持になってくる。不思議なことだ。 
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