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疾走するvanitas―偉大なる小室哲哉への挽歌― 

 どこかのゴロツキが割ったガラスの破片が路上に散らばる。

 ひとつひとつのカケラは、傍を走り行く諸々の虚飾を反射し、ギラギラと輝く。

 そんな輝きの満ちた時代、the 90's。好き嫌いに関係なく、小室哲哉の音楽はあの時代に青春を生きた人々全てとともに「在った」。良くも悪くも、時代を象徴するsoundだった。

 驚くべき中身の無い、そしてそれがゆえにきらびやかな歌詞。小室哲哉の作品における「ことば」は、ギラめくメロディとビートのためにあつらわれた小道具だった。それらは本当に意味を剥奪され、「語感」という音声の色彩にまで貶められ、ゆえに飾られた。また、ゆえに愛され、口ずさまれた。

 疾走するVanitas(虚栄)…小室哲哉。今、GlobeのFreedomを聴いている。今でも、そのギラギラには人を陶酔させる何かがある。10代を生きたかけがえのない90'sを思い出し、少し瞼が熱くなった。

 確かに中身のない輝きだったかもしれない。しかし、それでも確かにあの頃は光り輝く時代だった。今思えば、沈みゆく経済大国日本が、最後の栄光を飾った日々だったかもしれない。小室哲哉の音楽は、それを象徴するsoundだった。

 没落する偉大なる虚栄に、哀悼の乾杯を。我、彼の音楽と共にありき。さらば、ひとつの、栄光の時代よ!
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