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柴田淳 未成年 

未成年未成年
(2004/01/28)
柴田淳

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ぼくらはただ 気づいて欲しかっただけで
誰も何も 壊すつもりはなかった
耳をふさいでいる
固く目を閉じている
ぼくらを受け止められず 逃げ出した弱虫よ


 触れただけで血しぶきが飛びそうな傷つきやすい、しかし繊細で柔らかな熱い心。二度と戻らない10代のあの苦しさ。

 荒れ狂う激情を辺り構わずたたき付け、たくさんの人を傷つけた。どうしていいのかわからなかった。「愛おしさ」も「愛し方」も知らなかったが、とにかく誰かに受け止めて欲しかった。「こっちを向いて欲しかった」日々。

 だからこそ、「僕らにおびえている出来損ないの背中」に向けた彼らの魂は悲鳴を上げ、歌いかける。

抱きしめてよ 痛いほど
鼓動を感じるくらいに強く
耳を澄まし 向き合って
ぼくらの魂の悲鳴聞いて


 柴田淳さんの曲の中では異色のメッセージソング。彼女はいまの日本に渦巻く未熟な者たちの悲しみを汲み取り、突き刺すように歌い上げる。その鋭さはまさに諸刃の剣。おそらくはかつて自らが体験したやり場のない怒りを心の底から呼び起こし、「未成年」たちの代弁者として歌う。

 身を切るような痛みと悲しみ、そして怒り。そう、そこにあるのは理不尽な、しかし純粋な怒り。荒れ狂う孤独と悲しみを受け止めてくれない世界への理不尽な怒り。

 しかし、その根底にあるのは「オトナ」にきちんと「オトナ」をやって欲しい、自分たちと向き合って導いて欲しいという想いなのかもしれない。

導いてよ 叱ってよ
孤独のないぬくもりの場所へ
思い出したい寂しさを
泣けない僕らに投げ返して


 これほど身勝手で自己中心的な主張もないだろう。しかし、これこそ「未成年」ということではないだろうか。誰もが避けては通れない愚かで惨めな七転八倒。大人がすべきことは知ったかぶって教育について語る事では無い。そうではなくて、自分たちに向けられているこうした未熟だが純粋な怒りと悲しみと真摯に向き合うことではないだろうか。

 それは「あなたも歩んできた道」なのだから。
 
 彼女の本領とされているラブソングとは一線を画した一曲。しかし、これは非常に柴田淳さんらしい曲だと思う。彼女の曲で表現されるテーマ―すれ違う心であったり、誰かに受け入れられない悲しさであったり、挫折からの再生であったり―には、一貫して自分自身と取り巻く世界との、あるいは他者との絆をどう紡いでいけばいいのかという葛藤と問題意識を感じる。そう考えると、「未成年」の、世界との徹底的な断絶とその悲しみを代弁するこの曲は、ある意味最も柴田淳さんらしい歌ではないだろうか。

 それは、彼女の外の世界へ向けるまなざしや共感の質についてとても多くのことを語っている気がするのだ。

こっち向いてくれないから
心を歪めるしかなかったんだ


 もしかしたら、客観的に第三者として、あるいは「オトナ」として現在の教育問題であったり、少年犯罪について語ることは不得手な人なのかもしれない。彼女の問題意識は、あくまで自分自身の主観的な共感を、一人称のことばを紡ぐことによって表現される。それは優しさなのかもしれないし、脆さなのかもしれない。どちらにせよ、良くも悪くも自分という視座から離れることが出来ない人なのだろう。借り物の知ったかぶったことばを彼女は決して使わない。だからこそ、聴く者の心を、こうも強くわしづかみ、そして揺さぶる。

  彼女の文章を読んだりトークを聞く限り、意外に(失礼!)広い視野と関心を社会に対して持っている人に見受けられる。こうしたメッセージソングも、もっと聴いてみたいなぁと、この曲を聴くたびに思う。

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