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僕の祖父(父方) 

ojiichan


 日本の高校に通うために帰国してからこれまでの8年間、僕は祖父と同居していた。

 突然の狭心症。まわりも驚いたが、多分、本人が一番驚いている気がする。亡くなる前日は、むしろ元気だった。

 
 厳格な人だった。でも、中身のある、優しさに裏付けられた厳格さだった。律儀で、几帳面な人だった。けれど、せせこましい感じではなく、ゆったりとした律儀さだった。どちらかと言うと、堅物だったけれども、味わいのある堅さだった。

 タバコが好きで、そのために肺を悪くし、晩年はいつも呼吸が苦しそうだった。祖母に隠れて、庭や書斎でタバコを吸っていた。だけど、本人は隠れているつもりでも居間から煙が丸見え。タバコ隠して煙隠さず…祖母はあえて知らん顔を決め込んでいたようだ。先週も、「さっき変な煙が見えたんだけどどうしたの?」とからかい半分に聞いてやったら、ものすごく嫌な顔をされた。しょっちゅう病気をして、不機嫌な顔をしていたけれど、その割にはしぶとくいつまでも生きていた。病弱なわりには、頻繁に友達と旅行に行ったり、いろいろな会合に出席したり、俳句を詠んだりと、かなり活動的な生活をしていた。10年間は、そういう感じだった。だから、もう10年くらいは居てくれるのかと思ってた。
 
 他の人に対してはどうであれ、僕に対しては優しい祖父だった。口ではうるさいことをいつも言われていたけれども、本質的なところでは、僕に厳しく出来ないところがあった気がする。言ってみれば、甘かった。些細な気遣いを示すだけで、面白いほど喜んでくれた。もちろん、厳格な人だから手放しでは喜ばないのだけど、そういうときは決まって、微妙に表情がゆるんでいて、照れ隠しをしているのが見え見えだった。この前、たまたま気まぐれで和菓子をお土産に買って帰ったときも、「はい、お土産」と渡したら、「ん、婆さんがよろこぶ」と例のゆるんだ顔で言ってくれた。そんな祖父が大好きだった。

 幅広く、深い教養のある人だった。いまの僕の部屋は、かつて祖父の書斎だった。小さいころ、海外から日本に一時帰国するたびに、この部屋を使わせてもらっていた。大きな本棚が幾つもあって、歴史や宗教に関する膨大な書籍が収められていた。日本に帰ることの楽しみのひとつは、それらの膨大な書物の中に身を埋め、朝から晩まで読書を堪能することだった。海外に戻るときに、少しづつ気に入った本を失敬していくのだが、祖父はきちんとそれに気づいていた。「寝太郎が来るたびに、本がなくなる」と苦笑しながらも、多分、話題の合う孫で嬉しかったんだと思う。考えてみれば、自分は仏教や日本史について体系的な勉強をしたことがない。にも関わらず、それなりの知識があると自負できるのは、この祖父の蔵書のおかげだったといまにして思う。

 正直、突然すぎてまだ実感がわかない。昨日は一日中雑用に追われていた。今日もこれからお通夜の準備。多分、祖父の不在を実感するのは、来週あたり、祖父のいない日常が戻ってきてからなのかもしれない。

 祖父の信仰については、正直、よくわからない。が、蔵書の傾向から判断するに仏教に一番親近感をもっていた気がする。少なくともキリスト教に対しては、それなりの知識はあったけれど、それほど心を動かされた様子はない。どういう風に弔ってあげたらいいかわからなくて、あるクリスチャンの後輩に相談してみた。そうしたら、何を祈るべきかわからないときは形を気にせず、素直にそれを認めてもいいんじゃないか、心がこもっていればきっとどんなお祈りでも聞いてくれるんじゃないかということを言ってくれた。だから、自分なりに祖父を弔ってあげようと思った。今朝、二人きりでいるとき、般若心経をあげてあげた。そのあとで、フォーレのレクイエムを歌ってあげた。多分、本当に大切なのは宗教の違いではなく、生命と存在の根幹にある偉大な何かに祖父の魂をゆだね、心をこめてお願いすることだ。生きている人間ができる鎮魂とは、つまるところ、そういうことに尽きるのだと思う。だから、自分なりに心をこめて、気持ちよく送り出してあげたい。

 …でも、でもね、神様、そんな突然なのって、ないよ。過去形でしか語れないって…なんか、やっぱり、嫌だな。

正しいのは、主よ、あなたです。
それでも、わたしはあなたと争い
裁きについて論じたい。 エレミヤ書 11章 第1節



いただいたコメント

寝太郎さんが
御爺様の多大な足跡を享けられ感に入ると共に
深い別れの悲しみをお察しいたします

私は今、心不全により就労も成らず独り療養中です
期を見て心臓を摘出し成形手術となる予定です
明日の保障は有りません
時には夜、亡き父や兄を傍らに感じることも有ります
しかし、全ては主の御手に在り
死と言う明日であっても
如何なる明日も導きであると思っています

寝太郎さん
裁きは苦しみや悲しみ、そして死その事そのものではなく
導きに在る事を知ろうとせず
御手をも見ようとしない愚かや傲慢だと思います

主より成る者として
共に導きの裡を歩まさせて下さい

しかし悲しみは辛いです

ちょきんぎょ at 2005年03月23日 14:09 お悔やみ申し上げます。。。
去年、うちのおやじも82で亡くなりましたが
同じ戦前の教育を受けた者同士だからなのか
気質が似ているのかわかんないけど
寝太郎さんの文章を読んでると、ぼくのおやじとかぶるところが多々あります。
うちのおやじは人生に対する「姿勢」に厳しかったです。
でも、すごく大事に、期待してくれてましたね。

ぽっかり穴があくのわかりますよ。
ぼくは、おやじから教わったことを大事にすることで
おやじと一緒に生きる=おやじは心の中で生きていると思ってます。
その教養など、おじいさまからいただいたものはたくさんあるし
それらを大事に大事にしてたら、きっと喜ぶんじゃないかなあ。
とよ at 2005年03月23日 17:18 突然のお別れだったのですね。さぞ驚かれたことと思います。
お爺様も寝太郎さんと、もう少し一緒にいたかったかもしれませんね。

なんと言っていいのか言葉が見つかりませんが、友人との旅行を楽しみ、趣味もあり、なによりも可愛い孫の成長をそばで見守ることができたお爺様の晩年は、とても幸せでいらしたんだと思いました。

お婆様も気を落とされていることと思いますが、寝太郎さんが支えてあげてくださいね。
お爺様のご冥福を心からお祈りします。>Posted by そら at 2005年03月23日 20:59
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