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父親の風景 

 なんとなく父と話したいなぁと思っていたら、突然電話がかかってきた。なんでも、いまイギリスの空港で、これからミラノへ出張だそうだ。

 父とはもう10年以上離れて暮らしている。

 だいたい男と言うものは、年頃になると父親とぶつかるものだ。自分もそうだった。いや、むしろ人より激しかったかもしれない。基本的にわが家の人間は、もれなく怒ると口より先に手が出るので、血が流れるような暴力沙汰も、何回かあった。もっとも、父はとても強い人なので、だいたい最後は自分が押さえ込まれるのだけど。

 父にはとても幼いところがある。子供に構って欲しくてしかたがないのか、とにかく付きまとってくる。ただ、やり方が素直でなく、だいたいは小言の形で来るものだから、とにかく、父がうっとおしくてしかたがない時期があった。

 顔を合わすたびに邪険な態度をとっていたのだ。電話がかかってきても、「何?いま忙しいんだけど」みたいなやり取りが、15年以上続いただろうか。まともな会話も、あまりしたことがない。

 だから、正直、父に甘えたり、物を自分からねだったという記憶が自分には無い。考えてみれば、あれほど子供に甘い父親は、そうそうこの世には存在しないと思う。だが、昔はそれがわからなかった。なんて小うるさくて、うっとおしい父親だろうと、どこかでいつも感じていた。

  8月の下旬から9月の中旬にかけて、鉄道でヨーロッパを一人旅した。

 現在、父の仕事の関係で、自宅がロンドンにある。だから、そういう企画をするのは非常に便利なのだ。

 というわけで、出立の前日、ロンドンの自宅でさくさく荷物をつめていたのだが、父親が所在無さげにするっと部屋に入ってくる。複雑な表情でひとしきり突っ立っていると、「おい」と一声話しかけてきた。

 「あ、何?」

 「お前…、風邪薬は持ったか?」

 「は?」

 「いや、旅行中、風邪引いたら大変だろう?」

 「…」

 「だから、風邪薬はちゃんと持ってきなさい。」

 「いや、いいよ別に。持ってないし。」

 「じゃあ、買いに行くぞ」
 
 「はい?」

 「いや、風邪薬は持って行きなさい。」

 「…」

 高校時代から、割としょっちゅう一人旅はしている。だが、考えてみたら、父と過ごしている間にそういうことは一度もしたことがなかったわけだ。したがって、ぼくの旅立ちを見送ると言うのは、父にとって初めての経験ということになる。

 まったく、25歳の息子に向かって風邪薬持って行きなさいは無いだろうと内心苦笑しつつ、まぁ、それで父が安心するならいいかと、Richmondの商店街まで、一緒に買い物に行った。

 で、小一時間。

 もう邪魔はさせないぞと、猛然と荷物を詰めていると、また複雑な表情をした父が後ろに立っている。

 「あ、何?」

 「うん」

 …

 「何さ?」

 「毎日、ちゃんと電話して無事を報告しなさい」

 「…いや、だってあなた明後日からずっと出張じゃん」

 「…」

 …

 …

 …

 「もう!、何!?」

 「いや、お前、本当に大丈夫か?」
 
 その瞬間、彼がなんとも可愛く思えて、噴出してしまった。

 その後、約3週間の旅を終え、無事帰宅。

 その二日後に、ぼくは日本へ戻った。

 出立の朝、父は買ったばかりのデジカメを持って、また例のなんとも複雑な表情をしながら家をうろうろしていた。そして、台所のまな板だとか、居間のランプだとか、そういうどうでもいいものをパシャパシャと撮りつつ、時々、パシャッと勉強をしているぼくの写真を撮る。やはり可愛い。

 「やつもいい加減に子離れさせないとなぁ」ということを、時々妹と話す。

 しかし、なんだかんだ言って、自分は父とのこういう関係を、とても楽しんでいる。25歳になって、やっと父親に甘えられるようになったと言うのも、なんだか変な話。
 
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コメント

いいですね。
25歳で親に甘えられるようになった、なんて羨ましいです。
日本人は基本的に、甘える事も甘えさせる事も下手な人種ですから。

子供は皆何処かの地点で親が子供っぽく見えるというか、越えたように思えるようです。
でも子供がどんどん親を越えていってたら、世の中少しは良くなっていそうなものですが大して進歩していない。
きっと越えたと思っているだけで何も変わっていないのかもしれませんね。
息子を見ていて思うのですが、社会人になると、父親との関係が一段成熟した物になるようです。
寝太郎さんも、楽しみですね。

>優しい光さん

 たぶん、ぼくは生涯父を超えることはできない気がするのです。

 もちろん、父はぼくの真似はできません。ただ、同様に、ぼくも父のように生きることもできないような気がするのです。

 彼の50年の人生の重みのようなものをひしひしと感じます。

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