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柴田淳 「紅蓮の月」 

紅蓮の月 紅蓮の月
柴田淳 (2006/07/26)
ビクターエンタテインメント
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 玲瓏かつ妖艶、相反するはずのふたつの魅力が、月の歌姫、柴田淳の歌声では調和している。
 日中は意識の底へ沈んでいても、寝苦しい夜、一人で寝返りを打つたびに必ずそこへ戻ってしまう情景、想い。どんな一日を過ごしたとしても、必ずそこへ還ってしまう深い傷。

 本気で愛した経験のある人ならば、そういうものは誰にでもあるはずだ。

 この「紅蓮の月」からはそんな月夜のまどろみ、ゆらゆらとした明け方、覚醒しているともいないともつかないそれを連想する。

もう見逃して
真実なんて
この手で捨てたの
いらないの

窓の外から
紅蓮の瞳
何かをつぶやく
生ぬるい夜の奥の方

漂えばいつかたどり着くはず
眠る間に過ぎて行く
目を閉じて見なければ
生きてゆけるの


 彼女は眠ってはいない。しかし起きてもいない。

 窓から差し込む、「赤い宝石」ような「紅蓮の月」に照らされ、彼女の胸の奥を何かがうごめき、そしてのたうつ。エンドレスに、堂々巡りに、無限ループのように。

 目を閉じて、眠りの世界へと逃げ込もうとする一方、心のどこかではその先には何もないこともわかっている。

さまよえばいつか世界が見える
見上げれば星の歌
寂しさも愛しさも
君がいたから

君がいたから


 「ため息」や「それでも来た道」でもそうだったように、ここでも主人公は最後に現実へ眼を向ける。「寂しさも愛しさも」、彼女が本当の意味で生きている部分は、すべて「君」を中心にしてまわっているという事実。そして、どのような現実であっても、「君」から逃げることでは何も解決できないという事実。たとえその向かう先が、あてどない放浪であったとしても。

 救いがないように見えて、やはりこれはひとつの救済の形なのだと思う。柴田淳の魅力のひとつは、この徹底的にきれいごとを排除したイメージのリアリティではないだろうか。きわどいところで、彼女はいつも大地に足をすえなおす。結局、現実以外のどこにも、救いは存在しないのだから。
 
 さて、この曲は現在フジテレビで放映中の「美しい罠」というドラマの主題歌。柴田淳本人によると、「ドラマの世界と自分の世界との化学反応」であり、「強いようで弱い、自分にウソをつきながら強がっている女性…簡単に告白しちゃうようなイケイケの女性じゃなく」を描いたとのこと。

 残念ながら、さすがにロンドンにいては昼ドラは見られないので、そのドラマの描く世界との絡みはよくわからない。ただ、そうした事情の下に書かれた「課題曲」でありながら、清らかな月明かりに照らされた修羅の業のような柴田淳ワールド、その真髄を抽出したような作品に仕上げたのは見事。

 また、歌のほうも高音の美しさは言わずもがな、心なしか、いままでよりも低音の歌声にある種のゆとりというか、遊びといえるほどの自然な伸びやかさが感じられるようになり、表現の豊かさにいっそう磨きがかかったように思える。本当に心地よく、そして清らかな美しい声。

 いろいろな意味で、柴田淳らしい、心の深いところで共感できる一枚といえるだろう。カップリングについては、いずれまた。

<追記>

 ってか、そうなんです、実は大ファンなんです。(笑)

 他の曲もこれを機にレビュー書いちゃおうかな。
 
 Amor Mundi柴田淳さんキャンペーンなんてのもいいんじゃないだろうかと思う今日この頃です。

Links

試聴

Amazon 「紅蓮の月」

音楽サイト BARKS - 柴田 淳 : 女性の胸の内に秘められた葛藤を歌う~シングル「紅蓮の月」インタヴュー

音楽サイト BARKS - 柴田 淳 : 動画インタビュー

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レビュー ため息
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柴田淳『紅蓮の月』

柴田淳が『紅蓮の月』を7月26日リリース☆繊細な世界観を持ち味とした柴田淳。ニューシングル『紅蓮の月』も、夏の詩情を凛と描いた作品になっています。言葉1つ1つを大切にしていて、雲隠れにし夜半の月かなって感じですね
  • [2006/07/30 11:02]
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