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ブログが消えるとき 

 更新をとても楽しみにしていたブログが突然閉鎖された。

 そういう兆しはまったくなかったので、びっくり。

 どうも、原因は揉め事くさい。

 残念。

 本当に残念。

 なんだろう。

 他人の文章をちゃんと理解した上で、それにフィードバックできる人だったなぁと思う。きちんと人の話を聴けるっていうか。

 出来て当たり前のことのようだけど、これほど稀有な才能って珍しい。

 一言でいうと、「決め付けず味わう才能」。

 本当に尊敬に値する人だと思っていたので、残念。

 個人サイトが終わるというのはどういうことだろうか。そんなことをよく考える。

 はてブでも、ネットにおける死というタグをつくっているくらい。

 たぶん、あの方はご自分で決断されて、ウェブ上から自らの痕跡を消し去ることを選んだのだと思う。

 それも、ひとつの身の振り方なのかもしれない。

 一方、毎日その方の文章を楽しみにしていた人間としては、ログは残して欲しかったなぁという気もする。でも、おそらくそれすらも難しい状況だったのかもしれない。

 本当のところは、何もわからないけれど。

 終わりと言うのは必ず訪れる。

 ウェブの世界から退場することは、ある意味バーチャルな死なのかもしれない。自分も、いつかはこの四畳半寝太郎というペルソナに死を与える日が必ず来る。

 それは、いわゆる「中の人」が生物学的に最後を迎えるときかもしれないし、あるいは何らかの理由で、彼が四畳半寝太郎という人格にケリをつけることを決意したときかもしれない。

 ただ、どちらであれ、自分はこのAmor Mundiはいつまでも残って欲しいと思う。四畳半寝太郎という一人の人格の、精神の墓標として。

 ウェブに刻み込んだことばたちには、生き延びて欲しい。いつか、それを必要としてくれる人の心に、それが届くために。

 でも、結局のところ、ウェブにおける自分の分身にどう始末をつけるかは、本当に人それぞれなのだろう。

 しかし、この喪失感はなんなんだろう。

 やっぱり、寂しいなと感じる。知人を亡くすのは、こういう心境なんだろうか。

 ブログが消えるという現象は、こういう側面からも死に似ている。

 そういう意味では、このエントリーもまた、亡き人への哀悼の挽歌に似ているのかもしれない。

 今まで、ありがとうございます。


今日のヒット

ココヴォコ図書館 - 文系大学院の歩き方(これから大学院に入ろうと思っている皆さんへ)

 この内容に関しては自分も同感。

 なんつ~か、しょうもない世界だよ、本当に。

 これで研究に打ち込める環境があればともかく、なんだかねぇ…。

 時折ちゃんとした学者の人が輩出されるのが、むしろ奇跡的な気がする。


月も見えない夜に。 - おれは頭がいい。おれは偉い。

 難しい言葉をうだうだこね回している割には、結論がない人っているよね。
 
 というより、真面目に考えていないというか…まぁ、そういう人こそ、主張が「おれは頭がいい」な人なんだろうけど。

 結構、それはそれで読者がついてたりするから面白いなぁとは思う。

占の部屋

 易経とはなんぞやということをサラッと読むには最適なページかも。

 ちなみに、自分も心理学経由ではまったクチです。
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コメント

終わり方

寝太郎さん、こんにちは。

|でも、結局のところ、ウェブにおける自分の分身にどう始末をつけるかは、
|本当に人それぞれなのだろう。

|しかし、この喪失感はなんなんだろう

ブログやサイトを閉じるということは、そこに来ている読者との交流を
切り捨てることに他なりません。
そこにブログの書き手側の事情がいろいろあったとしても。

リアルの交友で「あなたたちとはもう明日以降、交流できないことになり
ます」とはっきり言明するのは「絶交」するときぐらいですよね(笑)
ですから「サイトを閉じる」ことは、実のところ『これからの自分の未来に
読者であるあなたたちは必要ない』という意味にも解釈できる。
(ブログの書き手側にはそういう「意図」はなくても)。
喪失感はその部分に根ざしている部分もいくばくかはあると思います。

僕は自分のブログを閉じるときは、だんだん更新頻度を落として最後に
停止して、それからそのまま当分放置すると思います。
それがリアル世界の人付き合いの作法にも適っていると思うので。

わたしだったら

「ありがとうございました」という記事だけ残して後は全部消しちゃうかも。その後はネットで一切書かない決心をして。
それまで交流のあった人とのメールのやりとりはしばらく続くかもしれないけれど、距離はどんどん遠のくでしょう。「ネットに書いている」ということだけでつながっている(気がしている?)人たちが多いので。
わたし、「HPやブログ(わたしの唯一の‘財産’)を全部削除して」と遺言に書いておこうかしらと考えることが時々あります。

確かに

>awayさん

 いろんな部分で、「関係」のようなものがなくなってしまった喪失感というのは大きいのかもしれませんね。ある種の絶交というのはあたっているかもしれません。

 徐々に更新頻度を下げていって…むぅ、ある意味要チェックですね。(笑)

>あつこさん

 あつこさんのブログって、いろんな意味で人間関係の拠点的な位置づけが、他の方のブログよりも強いと思うんですよ。

 だから、なおさら閉鎖という行為のインパクトは大きいのかもしれませんね。

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