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生き様 

 生き様という言葉を使った。なんとなく、それで連想した事を書く。

 自分があとどれだけ生きられるかはわからない。できるものならば、140くらいまで生きて、周囲に「あのジジイまだ生きてんのかよ」と辟易させてから大往生したいと思っている。ただ、時折、自分はそんなに長くは生きられないのではないかという予感が、漠然とするときがある。

 そんなとき、せめて何か一つなりとも美しいもの―何かの行動であれ、仕事であれ、作品であれ―を世界に残してから去りたい、そんな焦りのようなものを感じる。

 聖書にこんな一節がある。
 
 「すべて良い木は良い実を結び、悪い木は悪い実を結ぶ」

 そう、つまるところは生き様の問題なのだ。美しい生き様でありたい、そう痛切に思う。例えば、あらゆる芸術活動―創作にせよ、音楽にせよ―は突き詰めれば、良くも悪くもその人の常日頃からの生き様がにじみ出るもの。その場限りで取り繕うことの出来ない、この恐ろしさ。

 取り繕うことの出来ないのは、実人生も同じ。例えば、自分の身近な人、大切な人が苦難に襲われるとき、心から力になりたいと願う。しかし、自分の力が足りなくては何も出来ない。そんなとき、人間はむごいほど無力だ。やはり、それも日ごろの生き様の問題なのだ。「すべて良い木は良い実を結び、悪い木は悪い実を結ぶ」困ったときの神頼みで得られるものは何もない。

 こうした無力感を経験するからこそ、人は変わっていけるものなのかもしれない。しかし、限られた時間の中で、果たして自分はきちんと何かを世界に残してから立ち去ることが出来るのか。そんなことを最近よく考える。冷静にありのままの自分を眺め、生き様を振り返ってみる。そして、覚えるのはどうしようもない焦り。何かが、何かが致命的に足りない。そんな気がする。
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