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情報収集とネット時代における知の形態 

 常時接続社会とGoogleがもたらしつつあり、やがて確実にもたらすもの。それは、あらゆる人間が人類の知的遺産を私有する状況に他ならない。

 知的オールドタイプが著作権云々と金切り声を上げているが、そういった人びとはいずれ死滅するか、すさまじい勢いで進行する現実に叩き伏せられるだろう。Napstarから始まり、Winnyを通じてYoutubeに続く一連の流れは、若い世代の意識が確実に変わってきているということを示唆している。

 そして、人びとの意識が変わった以上、もはや既存の権威やシステムは形骸化するしかない。あらゆる規制は今後ザル法と化していくだろう。行き過ぎた著作権保護、あるいはあの滑稽なミッキー・マウス法に象徴される「知」の所有権のあり方も、現実にあわせた修正を余儀なくされざるを得ない。

 そんな時代においては、「知」とはその人の所有する知識の量ではない。なぜならば、あらゆる「知識」はPCの画面の向こうにただ転がっているから。

 むしろ、課題となるのはその圧倒的な情報の「量」ではないだろうか。人間が一定時間内にインプットできる量には限界がある以上、有意義な情報を選別するための時間・労力におけるコストをいかに削減するかが、ネット時代における知的課題となるであろう。

 したがって、こうしたネット時代における「知」とは、質の高い情報を思うがままにウェブの大海から引き出す能力であり、ノウハウに他ならない。それは同時に、質の高い情報がリアルタイムで、恒常的に自分の端末へ流れ込んでいくある種の「情報の水路」を構築する能力でもある。

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コメント

情報の水路」を構築する能力


そして、膨大な量の情報から
贋物本物を見分ける「判断力」と
今自分に必要なだけの情報を選別する
「選択力」わたくしもこんな風に
最近考えています。

初めまして。とても読みやすい文章で
興味と好感を持ちました。
これからも期待しております。

             irislove

>irisloveさん

 はじめまして。

 あまり読みやすさを意識しないで書いた文章を読みやすいと言っていただけると、すごく嬉しいです。

 またいらしてくださいね。

 それはそうと、コメントの最後にハンドルネームを署名するのって、なんかいいですね。お手紙をいただいたような気持ちになりました。

 ありがとうございました。

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