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昭和天皇ご発言あれこれ 

「侍従長は、『論語』にこういう話があるのを知っているか。子貢というものが、政治とは何かを問われて、答えたというのだ。"国家に不測のこと起これば、まず兵を去れ、つぎに食を去れ、国家の信義に至りては遂に去る能わず"と。国家というものは、いかに信義を重んじなければならぬかを『論語』は説いている。深く味わうべきではないか。」p39

「ナポレオンの前半生は、本当にフランスによくつくしたが、後半生は自己の名誉のためにのみ働き、その結果はフランスのためにも、世界のためにもならなかった。帝政ロシアの滅亡は、ロシア皇帝が自分の栄華のためを計って、その国民のためを思わなかったところに原因がある。ドイツ帝国の滅亡は、ドイツのみのことを考えて、世界のためを思わなかったことに由る。私はそのようにみている。そして日本はその轍をふみたくはない。」p40

(熱河作戦に際して)「軍の態度に疑念あり。日支両国は平和をもって相処すべく、兵威をもって相見るべきではなく、兵をきわめ、武を汚すことは立国の道ではない。(大元帥の)統帥最高命令により、これを中止させることはできないか」p40

「主権が君主にあるか国家にあるか、ということを論ずるならばまだ事が判っているが、ただ機関説がよいとか悪いとかいう議論をすることは、すこぶる無茶な話である。自分からいえば、君主主権説よりもむしろ国家主権の方がよいと思うが、日本のような君国同一の国ならばどうでもよいではないか。君主主権はややもすれば専制に陥り易いと思う」p44~45

「昔、後水尾天皇が病気にかかられたさい典医がお灸で治療すように勧めたところ側近ものが、神にお灸をすえることはまかりならぬとこれを止めたので、天皇はやむなく位を退かれて、お灸の治療をおうけになったそうだ。誠に困った考え方だと思う…私は、天皇のいわゆる神格性にかんする伝統的な観念が修正されないかぎり、民主化された日本国の天皇が存在することはできないと、確信するようになった。政府はこの件についてどう考えているか」p50

4772704361昭和天皇ご自身による「天皇論」
半藤 一利
五月書房 2006-03

by G-Tools


『昭和天皇ご自身による「天皇論」』



 もし、戦前の大日本帝国を、明治天皇を初代とする新王朝として捉えた場合、昭和天皇はそのラスト・エンペラーでいらしたということが言えると思う。

 昭和天皇に関しては、賛否両論、さまざまな見方がある。しかし、どれほど批判的なスタンスに立つにせよ、戦前・戦時中を問わず、彼なりに良心的に君臨されていたことは否定できないのではないか。

 だからこそ、彼が結果としてその尊敬する祖父の代に築かれた大帝国を崩壊へと導かれたという事実は重い。

 仮に、彼がヴィルヘルム2世やナポレオン3世のように、自らイニシアチブをとるタイプの君主であられたとしても、戦争突入、それに続く敗戦と瓦解は不可避だったかもしれない。それだけ、昭和初期の日本は舵取りが困難であった。

 しかし、彼が帝国を亡ぼした君主であらせられたことは、否定できない事実なのである。そういった意味で、昭和天皇は悲劇の天皇でいらっしゃったのかもしれない。

 ある良心的ラスト・エンペラーの想いを刻んだ資料として、これらの発言録を眺めると、万感胸に迫るものがある。

 念願叶い、祖父の打ち建てた帝国の瓦礫の上に、現人神の衣装を脱いで立憲君主としての後半生を送ることができた彼。その内面を伺う資料の発掘が待ち遠しい。
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コメント

俺もこれ立ち読みしたよ。陛下は美濃部教授の天皇機関説を個人としては賛成されていたらしいね。***の引用箇所を読んで納得です。

>番長さん

 番長さん、俺の実名出しちゃまずいって。(笑)

 なかなか、人物像として面白い方だと思うんですよね。昭和天皇。

 100年後の司馬遼太郎が、好んで題材にしそう。

あー!うっかり書いてしまった。ごめん。陛下御自身は戦線拡大に否定的で、ごり押しした首相を罷免したくらいだし、個人的には名君でいらしたと思ってます。記録を読むほどそう思う。

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