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正義と悪と 

 人間って、正義と悪が好き。自分も水戸黄門が好き。

 たぶんね、正義を掲げるのって気持ちいいんだと思う。自分の「嫌い」を肯定できるから。自分のネガティブな感情を矯正することなくガンガン燃料を投下できる。だから、正義って気持ちがいい。

 だから、今回の竹島問題にからんだ盧武鉉大統領の談話にせよ、反日デモで日本人の店をぶち壊す連中にせよ、心底日本のことが嫌いなんだろうなぁ。とても悲しい。

 そういう人たちにしてみれば、東条英機であれ小泉純一郎であれ、そして僕自身であれ、みんな「日本人」。また、まともに中国人や韓国人と触れ合った経験も無いのにチョンとかニダとかいってる連中も、日本海の向こう側のああいう人たちと、精神構造はうりふたつ。

 そうやってひとくくりにラベルを貼って、憎しみをぶちまけてれば気が晴れるんだから、楽な生き方してるよなぁとある意味羨ましい。

 自分は幼稚園から小学校高学年までをヨーロッパで、異邦人として過ごした。「日本人」って枠でくくられるのがすごく嫌だったし、そういうものの見方そのものに反感と屈辱を感じて育った。だから、なおさらそういう安直なラベリングが嫌で嫌でしかたがない。

 結局、ラベリングって安直な自己肯定なんだよね。中国や韓国の指導者たちが、都合が悪くなると歴史問題を持ち出して憎悪を煽るのも、結局は病んだナルシズム。自尊心の充足の為なんだと思う。

 どんなに込み入った事情があったとしても、人の上に立つ者が絶対にやってはならないこと。それは、人々の憎悪の上に自分の権力を基礎付け、そこで正義を掲げること。

 短期的にはうまくいくかもしれないけれど、いつか必ず自分の首をしめることになる。少なくとも、過去の歴史を見る限り扇動に根ざした権力が終わりを全うしたことは無い。それくらい、政治の世界に正義と悪を持ち出すことは危険なことなんだと思う。

 社会における人々の不幸の総和がある一定値を越えると、その改善をはかることよりも、むしろ、その不幸につけ込んで憎しみを煽ることの方が大きな政治的権力につながることがある。

 でも、それは決して正常ではなく、むしろ歪んだ病的な状態なんだと、ネットの隅で訴え続けたい。
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