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受験えりぃとがデカイ面した世の中で 

 まずこちらの記事を読んでいただきたい。

 
 経済的理由などで塾に通えない子どもを支援するため、文部科学省は来年度から、退職した教員OBによる学習指導を全国でスタートさせる方針を固めた。


 あまりにもばかばかしくて、吹いた。
 しかし、これが冗談ではなく国家レベルでの教育行政の問題であることに気づいた。

 そう、ネタみたいだけどネタじゃない。

 「夢だけど夢じゃなかった!」と飛び跳ねて喜ぶのはサツキとメイ。

 まぁ、冗談はともかく、以下雑感。

 就職活動をしていて強く感じたことがひとつある。

 それは、いま社会の第一線に居る人たちって、真面目に受験をしてきた人たちなんだなぁってこと。

 つまり、きちんと学歴社会の選抜エスカレーターの中でせめぎあってきた人たちが、いま社会を仕切ってる。そういうことを肌で感じた。

 だって、アホみたいな選考なんだもん。平成教育委員会の問題みたいなもん解かせて足きりしたりとか、なんかとにかくノリと発想が受験。

 つまり、人ってのは自分が評価された枠で他人を評価したがる生き物だってこと。で、自分の自己重要感を満たしてくれてきたのが、今の受験制度なもんだから、ついどこかでそういうシステムは合理的だというバイアスがあるんだなぁ。

 やっぱり否定したくないのが人情。自分を有能だと証明してくれる(と彼らは思っている)評価基準って。

 商売やってる企業がそんなヘボ大学みたいなことやってたらまずいだろと思うわけだが、どうやら世間はそう思わないらしい。びっくり。

 で、マジでこの国ヤバイなと感じたわけだが、考えてみたら企業に行く人なんかはまだマシな方で、官庁には純粋培養の受験えりぃとたちが固まってるわけだ。

 そこでこういう発想。

 平等に塾に通う権利を保障しようと。

 …

 なんか、全否定してしまうと、後が続かなくなってしまうものですな。

 う~む。

 とりあえず、この人たちって「教育」を「選抜システムにおけるスキル習得過程」としてしか見れないんだろうな。なんだかかわいそう。

 でも、じゃあ一方で、現代日本において幸せな人生をおくるための力を養うような教育ってなんだろう。

 ひとつ確かなのは、人間って、自分のやりたいことさえはっきりしてれば、スキル的なことは勝手に勉強するって事。また、もうひとつは、他人と違うことを社会の需要にマッチする形でやっていかないと、これからの時代は乗り切れないということ。

 結構、キーポイントはここらへんなのかなという気がする。
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コメント

寝太郎先輩

就活しながら、こういうことに気付いた、というのはとても大きな発見ですね。このことが何を寝太郎さんにもたらし、これからの寝太郎さんにどうつながっていくのか、見守らせていただきます。

というか、ここまで分析してしまったら、もう企業で働けないのではないでしょうか。いっそのこと、起業してしまうのも・・?

>まりりさん

 へへ、まぁ、見てなって♪

 まぁ、どこで働くにしても、ものはやりようだよ。うん。

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