変わっていくものと自分のスタイル
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変わるということはいいことなのかもしれないが、それは自分のスタイルが確立できていないことの裏返しでもある。
いままで自分が書いてきた文章を時系列順に眺めていると、明らかに自分が変わっているのがよくわかる。
成功経験が蓄積されると、それはその人のスタイルとなりノウハウとなる。スポーツや楽器の習得と同じで、無意識のうちに複雑な作業がこなせるようになるのだ。
しかし、一方で、そうした「勝ちパターン」が無意識の領域に刻み込まれ、ある種の条件反射のようになってしまうと、それを修正するのが非常に困難になる。
ヴァイオリンをやっていて思うのは、本当に上達する人は、過去の自分の成功体験にとらわれず、常に自分の音を吟味して工夫を怠らない人。
一番危ういのは、幼児からの英才教育を受けていて、自分の頭で工夫したことがないけどそれなりに弾けてしまうタイプ。
なぜなら、そういう人はスタイルが定着してしまい、いざ更なる上達の為にそれを修正しなくてはならなくなっても、まずそれが「修正できる」ということが想像できない。だから、彼らは永遠に「それなり」の領域のとどまる。
しかし、一方で自分のスタイルというものを確立し、定着することは大切なプロセスでもある。問題はそれが固定されてしまうことであり、スタイルの確立それ自体ではない。
いまの自分というのは、たぶん新たな自分のスタイルを確立しつつある時期なのだと思う。たくさんのことが心の中で揺れ動き、結果として出会う人々がすべて今まで出会わなかったような人々だったりする。
あえて韻文的な表現をするならば、重力の重みを振り切って大気圏を突破しようとしている宇宙船のような状態なのかもしれない。そして、ほぼ、突破しかけている気がする。
たぶん、結果としていろいろなものや絆を捨てることになる気がする。でも、再び出会うべき人であるならば、きっと遠い時の輪が接するところで、互いに生まれ変わってまた会えるはず。
時には自分のことだけを考え、ほかの事はあえて委ねてしまうことも、必要なのだ。
- [2006/03/21 23:39]
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コメント
記事の内容とずれるんですが、ヴァイオリンが例に出てきたので。以前、諏訪内晶子さんが、テレビ番組で言っていた言葉を思い出しました。
アイザック・スターン先生のレッスンを初めて受けたときに「あなたは何故、そのように弾くの?」という問いに、当時諏訪内さんは「先生が、そのように弾けというから」という答えしか思いつかなかったそうです。
常に「何故?」と自分に問いかけることは、大切なことなのかもしれません。
アイザック・スターン先生のレッスンを初めて受けたときに「あなたは何故、そのように弾くの?」という問いに、当時諏訪内さんは「先生が、そのように弾けというから」という答えしか思いつかなかったそうです。
常に「何故?」と自分に問いかけることは、大切なことなのかもしれません。
スタイルの変化
自己の確立。非常に難しい問題ですね。
ただ、スタイルが変化しても、自分の軸がどこにあるのかが解っていれば、その変化は歓迎すべき事なのではないかと思いますよ。
暗黙知=ノウハウや経験が自分の発露に関係してくるのは当然のことです。
私はスタイルというものは、自分の軸に巻き付けるものや羽織るものが変わるだけのことだと思っています。
寝太郎さんのこのエントリを読んで自分なりにこのことについて考えみました。
TBしとくのでもし宜しければ読んでくださいね
ただ、スタイルが変化しても、自分の軸がどこにあるのかが解っていれば、その変化は歓迎すべき事なのではないかと思いますよ。
暗黙知=ノウハウや経験が自分の発露に関係してくるのは当然のことです。
私はスタイルというものは、自分の軸に巻き付けるものや羽織るものが変わるだけのことだと思っています。
寝太郎さんのこのエントリを読んで自分なりにこのことについて考えみました。
TBしとくのでもし宜しければ読んでくださいね
それは面白いですね!
>ののかさん
それ、すごく面白いです。
そんなやり取りがあったんですねぇ。
実は音楽と、「なぜ?」みたいなことについては、いずれ書きたいと思ってたんですよ。
ちょっと、いろいろインスパイアされちゃったかもです。
ありがとうございます。
それ、すごく面白いです。
そんなやり取りがあったんですねぇ。
実は音楽と、「なぜ?」みたいなことについては、いずれ書きたいと思ってたんですよ。
ちょっと、いろいろインスパイアされちゃったかもです。
ありがとうございます。
読ませていただきました
>ottoさん
ちょっとね、ottoさんのコメントとエントリーを読んで考えたんです。
たぶん、いまの自分って、時々「軸」を見失ってしまうんです。あまりにもいろいろなことがいっぺんに起こりすぎていて。
そして、そういうときに不安になるのかなぁと気づきました。
あくまで暗黙知は羽織るもの。羽織っている自分を常に意識していたいものです。
ありがとうございました。
ちょっとね、ottoさんのコメントとエントリーを読んで考えたんです。
たぶん、いまの自分って、時々「軸」を見失ってしまうんです。あまりにもいろいろなことがいっぺんに起こりすぎていて。
そして、そういうときに不安になるのかなぁと気づきました。
あくまで暗黙知は羽織るもの。羽織っている自分を常に意識していたいものです。
ありがとうございました。
おっしゃる通りですね
こんばんは。
| たぶん、結果としていろいろなものや絆を捨てることになる
| 気がする。でも、再び出会うべき人であるならば、きっと
| 遠い時の輪が接するところで、互いに生まれ変わってまた
| 会えるはず。
|
| 時には自分のことだけを考え、ほかの事はあえて委ねてしまう
| ことも、必要なのだ。
ええ、ええ、おっしゃる通りだと思います ^^
絆やものを捨てることを恐れず、大気圏を突き抜けて下さいね!
痛みや苦しみがあっても、きっと寝太郎さんの軸はそれによって
鍛えられ、確立に近づくと思います。
| たぶん、結果としていろいろなものや絆を捨てることになる
| 気がする。でも、再び出会うべき人であるならば、きっと
| 遠い時の輪が接するところで、互いに生まれ変わってまた
| 会えるはず。
|
| 時には自分のことだけを考え、ほかの事はあえて委ねてしまう
| ことも、必要なのだ。
ええ、ええ、おっしゃる通りだと思います ^^
絆やものを捨てることを恐れず、大気圏を突き抜けて下さいね!
痛みや苦しみがあっても、きっと寝太郎さんの軸はそれによって
鍛えられ、確立に近づくと思います。
へへ
>awayさん
そんな風に激励していただけると、嬉しい反面、なんだかくすぐったいです。
ありがとうございます。
そんな風に激励していただけると、嬉しい反面、なんだかくすぐったいです。
ありがとうございます。
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自分の軸
この方のブログを読んで、思うことがあったので久しぶりに自分の事を考えてみました。それは、自分はどこに軸をおいているのか?ということです。その軸さえ見つけられれば、その軸にいろいろなものを巻き付ける、あるいは服を着るように羽織ることもできるのでは無いか?..
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