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「なんぢらのうち、罪なき者まづ石を投げ打て。」 

気に障る人間がいる。  罪を犯した人間がいる。  どこだったか、こんなことばを耳にした。  「神さまでさえ、その人が死ぬまでは天国か地獄かは決めかねているんだ。だったら、なおさら人が人を裁くことなど、はたしてできるのかい?」
間違ったことをしている人間、そんな空気を読まない「悪人」に対して怒りを覚え、憎悪を感じるのは自然な感情かもしれない。  正義感。  最も崇高な感情でありながら、それは仁愛を麻痺させる麻薬ともなり得る。  自らを正しいと思う気持ちが強いほど、人は自らの行為の残酷さに対して鈍感になる。  誰もがそうだ。  ヒットラーやスターリン、文革の際の毛沢東、あるいは原爆を落としたトルーマンでさえ、自分は正しいことをしていると思っていた。  いや、おそらく確信していた。  だから、ああいうことができた。  自分だって、何度リアルで、あるいはネットで人を傷つけたことかわからない。  そういうときは、大概、自分が正しいと確信しているときだ。  そう、だって、誰もが自分を中心にして世界を眺める。  それは、自然なこと。  けれど、自分の見方がすべてではない。  もしかしたら、地球の裏側では、自分の正義が悪で、自分の悪が正義なのかもしれない。  そんなことを思うとき、いくら顔が見えないネットだからと言っても、誰かを深く傷つけるようなことばを投げかけることに、躊躇するようになった。  仮に自分が正しく、相手が間違っていたとしても、相手がとてつもない痛みを感じることは確かだから。  そして、破邪の剣を縦横無尽に振るうような資格が、自分にはあるとは思えないから。
 イエスはオリーブ山へ行かれた。朝早く、再び神殿の境内に入られると、民衆が皆、御自分のところへやって来たので、座って教え始められた。そこへ、律法学者たちやファリサイ派の人々が、姦通の現場で捕らえられた女を連れて、真ん中に立たせ、イエスに言った。  「先生、この女は姦通をしているときに捕まりました。こういう女は石で打ち殺せと、モーセは律法の中で命じています。ところで、あなたはどうお考えになりますか。」  イエスを試して、訴える口実を得るためにこう言ったのである。  イエスはかがみ込み、指で地面に何か書き始められた。しかし、彼らがしつこく問い続けるので、イエスは身を起こして言われた。  「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい。」  そして、また、身をかがめて地面に書き続けられた。  これを聞いた者は、年長者から始まって、一人また一人と、立ち去ってしまい、イエスひとりと、真ん中にいた女が残った。  イエスは、身を起こして言われた。  「婦人よ、あの人たちはどこにいるのか。だれもあなたを罪に定めなかったのか。」  女が、「主よ、誰も」  と言うと、イエスは言われた。  「わたしもあなたを罪に定めない。行きなさい。これからは、もう罪を犯してはならない」 ヨハネによる福音書 第8章 1~11
 女を石で打ち殺そうとしていた者たちは、老いた者から順に立ち去っていった。  生きてきた年数が長いほど、自分は石を投げる資格などあるはずがないということが、身に沁みたのだろう。イエスの慈愛に満ちた眼差しに映った自分の姿を、心底情けなく思ったことだろう。   「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい。」  文語訳はさらに荘重だ。  「なんぢらのうち、罪なき者まづ石を投げ打て。」  ある聖書学者によれば、イエスがこのときに地面に向かって書いていたのは、これらの人びとの今まで犯してきたひとつひとつの罪であり、あやまちであったという。  いま、今井紀明氏のブログが炎上している。例のイラクでの人質事件の際に、彼のもとに寄せられた匿名の手紙をウェブで公開したことに対し、多くの人が反感を抱いたからだ。  もしかしたら、今井氏は「自己責任」で国益を損ねたかもしれない。そして、彼は偽善的なサヨクの「プロ市民」なのかもしれない。  あの事件をどう解釈するにせよ、彼は生涯、それのもたらした結果についての責任を負い続けるだろう。    しかし、自分にはどうしても、彼がここまで多くの人に罵られ、悪し様に言われるのにふさわしいとは思えないのだ。  まして、事件の際、彼は若干18歳だかそこら。  いまも、二十歳やそこらの未熟な若者に過ぎない。  彼はそれほどの「悪」なのか。  彼を罵る人々は、ネット上で晒され、精神的に陵辱される彼の苦痛を、心の痛みを考えた上でつるし上げているのだろうか。  ことばの暴力って、とても痛いんだよ。  本当に、本当に痛いんだよ。  少し立ち止まって考えて欲しい。  そんなことを強く思った。 今井紀明の日常と考え事
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コメント

諸刃の剣

>masaさん

 はじめまして。

 本当にそのとおりだと思います。

 正直、昨夜この文章を書き、なおかつ今井氏のブログにトラックバックするのが怖くて仕方がありませんでした。

 ネットの闇、その怖さを心底思い知りましたね。

 またお越しくださいね。

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