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自分を褒めちぎる訓練 

 最近、自分を褒めちぎる訓練をしている。もちろん、人のいないところでコソコソと。

 俺ってすごい。

 とにかく、この結論からはじめる。いわば、究極の演繹法。

 結論が先に来ると、面白いもので、根拠は幾らでもぽこぽこと湧いてくる。ぜひ、騙されたと思って試してもらいたいくらい。
 そして、面白いことに、自分を褒めちぎれば褒めちぎるほど、自分の欠点や短所がよくわかるようになる。光が強まれば強まるほど、影もまたはっきりと見えるようになる。

 だけど、不思議なもので、自分のすごさを自分で噛み締めることができるようになると、自分の欠点が気にならなくなる。それは、たぶん、言い訳をする必要がなくなるから。屁理屈で自分の欠点を正当化する必要がなくなるから。小細工をして自分を偉く見せる必要がなくなるから。

 誰にもまねできない、自分だけの光を輝かすことができれば、欠点をすべて認めても十分お釣りが来る。自分ってすごい。そんな風にゆったりと構えることができるようになる。だから、自分に自信がある人は自分の欠点を隠そうとしない。

 そして、自分の欠点が気にならなくなると、他人の長所が見えるようになる。素直に人を尊敬することができるようになる。自分さえきちんと見えていれば、他人の揚げ足をとる必要がなくなるから。

 結局ね、

 自分であることを味わい、楽しむことができない人は、他人を尊敬もできなきゃ愛することもできない。

 だから、結果的に誰の心も動かすことはできない。

 そんなことを最近思う。


微妙に関連?

「偉人の条件」
「ユングへ宛てられたある女性患者からの手紙の一節」
常不軽菩薩
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コメント

なるほど

>そして、自分の欠点が気にならなくなると、他人の長所が見えるようになる。素直に人を尊敬することができるようになる。

ホント、そうですね。
結局は、他人を見て何かを感じたり考えたりしているようで、それはそのまま自分自身を自分がどのようにとらえているか、ということの鏡になっている気がします。

他人を見ている自分の視点というものは、自分が内面的な成長過程のどの時点にいるのかということをまざまざと見せてくれるので、時にちょっと痛いなぁと思ったりして・・・。笑

私も自分を褒めちぎる訓練、してみようかな。今までになかった発見があるかもしれないなv-290

ちょうど最近、私が考え抜いて結論に至ったのと同じことを寝太郎さんが書いておられて、びっくりしました。

自分を肯定できると、それだけで何気ない日常も輝くんですよね。幸せ。

出た「鏡」

>sayakaさん

 ふふ、本当にその通りだね。

 確かに「痛い」。

 非常に痛い。

 常に自分のキャパシティではマネッジできない人ってのはいるわけだけど、たぶんそれを自分の問題として把握することができるか、その人を非難するだけで終わるか、そこらへんあたりが分かれ道なのかなぁという気がするな。

そりゃあ偶然だね

>まりりさん

 うん、偶然だし、そういう風にまりりさんが思えるというのはとても素敵なことだと思うよ。

 よかったね。

コメント

しようと思ったけれどまとまらないので
記事にしました。良かったら読んでね。

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