スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

書評 大澤武男著 『ローマ教皇とナチス』 

ローマ教皇とナチス
4166603647
大澤 武男


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

 ナチスによるユダヤ人の虐殺に対して、教皇、ピウス12世は沈黙を守った。それは、イエスの教えと到底相容れるはずのない、ナチの暴虐の黙認を意味した。本書はこの衝撃的な事実の原因の解明を意図している。結論としては、政治的にナチスとの対立を厭ったこと、教皇のドイツに対する個人的な親近感、ナチスと共産主義に対して共闘する必要性があったからなどの理由が挙げられている。これらの理由が、教皇の良心をうわまってしまったゆえに彼は沈黙した、そう作者は推測する。

 しかしながら、この沈黙は反ユダヤ主義を絶対的な悪とみなす意志の欠如のあらわれであるとも作者は見る。教皇本人はユダヤ人に同情していたにも関わらず、彼がナチスを悪として糾弾しなかったという事実は何を意味するか。それは、キリスト教社会が歴史的に培ってきた反ユダヤ主義の伝統が無意識的に教皇の意識を制約していたことを示唆しているのではないか、いわばそれはキリスト教社会固有の問題性に由来しているのではないか、そう作者は問題提起を行う。

 作者の問題意識がはっきりしているので、とてもインパクトの強い本であると思う。なぜカトリック教会は、人類史上最悪の暴虐に対して何もできなかったのか。本書を基底付けているのは、このような作者の痛恨の問いかけではないだろうか。本来イエスの教えに殉ずるべき教会の無力さに対する悲しみ、怒り…そういったものを強く感じる。政治と宗教の関係性における根本的なジレンマ、ローマカトリック教会に内在する問題性などを浮き彫りにした良作ではないだろうか。


スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://slumber365.blog2.fc2.com/tb.php/28-e9e65cef

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。