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どうもわからない 

 ルカ書にこんな箇所がある。

盲人が盲人の道案内をすることができようか。二人とも穴に落ち込みはしないか。弟子は師に勝るものではない。…あなたは、兄弟の目にあるおが屑は見えるのに、なぜ自分の目の中の丸太に気づかないのか。


 さて、では、中略した部分に「しかし、だれでも、十分に修行を積めば、その師のようになれる」という一文を挿入してみる。

盲人が盲人の道案内をすることができようか。二人とも穴に落ち込みはしないか。弟子は師に勝るものではない。しかし、だれでも、十分に修行を積めば、その師のようになれる。あなたは、兄弟の目にあるおが屑は見えるのに、なぜ自分の目の中の丸太に気づかないのか。


 なんだか、強烈な違和感。聖典というもは恣意的に解釈すべきではないのはわかっている。しかし、意味が通じない気がするのは自分だけだろうか。

 どうも気持ち悪い。

 本当に気持ち悪い。
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コメント

う~ん、聖書の事は良く知らないのですが恣意的に解釈すればそれぞれに示唆を含んだ言葉として納得はできるのですが・・
3行目からは別の文章として・・

盲人とは無信心の我々の事指してるのかな?
  • [2005/12/02 10:50]
  • URL |
  • makoron
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まあ、基本的に師=イエス(神)、弟子=イエスの弟子と解釈すべきですね。伝道を行うには、決してイエスに勝ることはできないけれども、イエスが行ったように、私たちも霊的に努力すれば、イエスのように伝道を行うことができるということでしょう。
  • [2005/12/02 17:30]
  • URL |
  • 耶蘇と呼ばれてる人
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ですよね

>makoronさん

 うん、なんか無理がある気がしますよね。ちょっと、時間があるときに調べてみようと思います。

 この場合の盲人というのは、無信心の人というよりも、自分のことを棚にあげて人を批判する人のことかなって気がします。

>耶蘇君

 お~、耶蘇

キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!

 まったく、ど~この牧師だよ。可愛げねぇな。30点。(笑)

点数つけるか、ふつう。
  • [2005/12/04 07:05]
  • URL |
  • 耶蘇と呼ばれてる人
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>耶蘇と呼ばれてる人

わたくし、ふつ~ではございませんので。(笑)

そうでした。変人だ者ね。(笑)
  • [2005/12/04 17:08]
  • URL |
  • 耶蘇と呼ばれてる人
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