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青田刈りと青田買い 

 恥ずかしい話だが、企業が卒業前の学生に対し、早い時期から就職活動をさせることを青田刈りというのだと思っていた。しかし、正確には青田買いなのだそうだ。(常識?)

 青田刈りとは日本の戦国時代において頻繁に行われた、敵国の農民の田畑を実る前に刈ってしまう戦術のことだ。なんでも、こちらのサイトによると「 いくら早い段階の採用内定とはいえ、「青田刈り」の言葉を使うと、まだ実る前の役に立たない学生を採用するという失礼な意味になってしま 」うそうだ。

 しかし、実情はそのとおりではないかと思う。年々早まる就職活動、それに適応するためろくに勉強できぬまま学生たちはいっせいにあの悪趣味なリクルートスーツに着替える。あの光景は異様だし、醜悪だ。集団で断崖絶壁から飛び降りるレミングスを連想させる。

 大学における勉強の本番は学部後半になってからである。ましてや4年次の卒業論文は4年間の学業の集大成、おろそかにしてよいものではない。(最近は卒業論文を学生に課さない大学や教授も多いと聞くが、もしこの中で学部卒業前の方がいらっしゃるのなら、どのように研究実績の優れた人であっても、はっきり言ってそういった教授にはつかない方がいいと思う。)そういった大事な期間を学生から奪い取る企業の姑息な採用戦略は、青田刈り以外の何ものでもない。

 もっとも、これは大学教育に何らかの意義があると仮定しての話である。はっきり言おう。無論学部にもよるが、少なくとも人文科学や社会科学などの大学における教育によっては、企業の算盤によって評価されうるようなものは何一つ身につかないと思う。よく若い人で、学問における実践性云々について悩む人がいるが、本来学問とは眼に見える形での実践性とは無縁である。少なくとも、企業の電卓論理では計算ができなる種類の力は、学問によっては身につかないのではないか。

 したがって、僕がいつも不思議に思うのは、なぜ企業側が大卒という資格にあくまでこだわるのかという点だ。はっきり言って、もし大学生にきちんと学部後半の学問をおさめる時間を与えないのなら、そんなものにこだわる必要性はまったくない。むしろ、中学、もしくは高校卒業と同時に刈ってしまい、企業のマシーンとして育ててしまったほうがよほど効率的ではないだろうか。だとすると、早期の就職活動を強いる諸企業のやっていることは、やはり「青田買い」の方なのかもしれない。

 かつて祖父にこのことを話したところ、「でもね、やっぱり大卒とそうでない人は入ってからが違うんだよなぁ。不思議なんだが、本当に違うんだ」といったようなことを言っていた。祖父はサラリーマンとして第一線で活躍し、かなりの輝かしい経歴を持つ人だった。そういう人の言うことであれば、やはりそれなりの根拠はあるのだろうと思う。同時に、祖父が知っているのはこういう「青田刈り」が始まる前の牧歌的な時代のことだ。すると、やはり大学においてきちんとその課程をこなすことによって、何かが身につくということは言えるのかもしれない。

 それが「青田買い」にせよ、「青田刈り」にせよ、大学教育とは何か、そのことを企業の採用戦略を策定する立場の人間はよく考える必要があるのではないだろうか。買われようが、刈られようが、弱い立場の若者には、生きるために適応するしか道が無いのだから。ちなみに、付言するならば、国内の各大学院の入試日程の多くも、僕は早すぎると個人的に考えている。

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コメント

日本はせちがらいですね。
1年以上も前から就活を始めなければならない。
そんなに苦労しても、入社してから何かがすごく違うかといえばそうでもない。
もう少しなんとかならないものかと思います。
私の知っている大学院生も来年卒業に向けて就活に必死です。
でも、まだ決まらないといって泣きそうです。
もっとゆっくり就職して将来の生活設計立てたいですよね。

>はんなさん

 です。本当にもう…(以下省略)

 リクナビをちらちら眺めつつ。

>学生から奪い取る企業の姑息な採用戦略は

この場合の‘姑息’の意味は、どっちもあり?
  • [2005/07/24 23:19]
  • URL |
  • なりぽん@厭離庵
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