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私のブログ作法 その2 読者篇 

 以前、ブロガーの観点から私のブログ作法という文章を書いたが、今度は一読者としてブログを楽しむにはどうしたらいいのか考えてみた。

 ブログの楽しさというのは、書くことだけではなく、他人の文章を読ませていただくこと。

 自分の文章にコメントやトラックバックをしてもらったり、交流のある人たちのリンクを辿ったり…それは発見と驚きの連続。ブログを始めて、世の中にはこんなにも面白い人たちが隠れていたのかとびっくりした。
 だから、ブロガーであることで得られる喜びの半分は、そうやって発見した尊敬すべき人たちの読者にさせてもらい、交流することだと思う。

 これは一見きわめて簡単なことに見える。しかし、言いがかりやレッテル張りから始まる罵りあいは日常的に見かける。もしかしたら、ちょっとしたコツがあるのかもしれない。

 それは「よい読者」になることだと自分は思う。

 そう複雑なことではない。たぶん、以下のふたつのことを胸に刻むだけのこと。


1)あなたが読ませていただいているブロガーは、あなたのために文章を書いているのではない。

2)理解できなかったり、同意できない文章ほど、あなたを育ててくれる。



 
 まず、ブログとして公開されている文章を読むことは自由。しかし、コメントやトラックバックをするということは、人間としてそのブロガーと関わるということだ。

 そして、忘れてはならないこと。それは、あなたが読んでいるブログの管理人は、まさしく自分のためにそのブログを開設しているということ。その事実を、まず尊重しなくてはならない。

 さらに、世の中には自分が理解できなかったり、あるいは同意できない意見や見方が腐るほどある。いろいろなブログを閲覧していると、そういう文章にしょっちゅう出会うことだろう。

 しかし、よく考えて欲しいのだが、ある文章をあなたが理解できなかったり、同意できないのは当たり前のことではないだろうか。なぜならば、そのブロガーはあなたの機嫌をとるために書いているわけではないからだ。

 仮に、100%同意できたり、理解できたりするようなブロガーをあなたが発見したとしたら、それはかえって危険なことだと思ったほうがよい。そういう時は、あるいは自分が勝手に都合がいいように読み違えているか、「信者化」しているのではないかと疑ってみるにこしたことはない。

 むしろ、思うべきだ。あなたが理解できなかったり、同意できない文章であるほど、それはあなたにとって価値があると。

 人は自分のと異なった見方を学ぶことでこそ成長できるもの。だから、あなたが違和感を感じる文章であればあるほど、ゆっくりと時間をかけて、繰り返し読むべきだ。

 特にある文章に対して違和感を感じて、批判コメントやトラックバックをしようとしている一呼吸置かなくてはならない。自分の意見を書き出す前に、一度ならず二度・三度と書き出す前に立ち止まり、その文章を味わうべき。

 その際、大切なのはその文章が何を問題にしようとしているのかを理解すること。そして、その問題意識を共有した批判を行うこと

 ブロガーは誰もが、自分の感動や問題意識を大切にして、それに沿った文章を書いている。その際、頭に来るのが本文で問題にしていることとまったく関係のない事実を持ち出してくるコメントやトラックバック。特に、政治的な文章を書くと、そういうコメントやトラックバックをたくさんいただくが、いい迷惑。それは批判ではなく、ただの言いがかり。きちんとした意見交換や批判はブロガーと読者をともに育て、人間関係を豊かにする。しかし、ただの言いがかりは他人の家に土足で上がりこみ、方々に汚物を撒き散らしていくような行為。

 忘れてはならない。一般的にブロガーは自分の問題意識や感動に沿って考え、書いているのであって、あなたの意見や価値観に合わせるためにブログを運営しているわけではない。まして、あなたに罵られたり、粘着されたりするためにしているわけでもなければ、あなたの卓見・ご高説についておうかがおするためでもないのだ。(あとついでに「あなたのための広告スペースを提供するために」しているわけでもない。なかなか痛快な文章なので紹介)

 そして、あなたが違和感を感じる問題意識ほど、あなたには欠如しているものの見方なのだ。だから、あなたが理解できなかったり、同意できない文章の問題意識に沿って考えるということで、あなたの世界観は豊かになるだろう。その文章に対して、反論や批判をするにしても、それまでの自分とはまったく異なったものの見方ができるようになっているだろう。

 そして、まさしくブログをやっていて本当に楽しいのは、「よい読者」として自分が尊敬できる人びとと有意義な意見交換や議論をさせていただけることではないだろうか。そうやって、築き上げる人間関係こそがウェブロギングの醍醐味だろう。

 そう、噛み合わない罵りあいはお互い不愉快なだけだが、お互いが問題意識を共有した上での議論はすごく楽しいものなのだ。それが、ブログを読むことの楽しさ

 さらに、ブロガーというものは読者に育てていただくものである。自分の「迷文」を暖かく見守り、また批判してくれる方々がいるからこそ、モチベーションと向上心が保てる。まさしく、「よい読者」がいてくれるから、いい記事を書きたい、文章力を向上させたいと貪欲なれる。それが、結果として自称「迷文」を少しずつ本物の名文に近づけていくのだ。
 
 だから、「よい読者」として一人の人間としてのブロガーを見守り、その成長に一喜一憂するのも読ませていただくことの楽しみでもある。これもまた、ブログを読むことの楽しさである。

 そして、「よい読者」となることは、そんなに難しいことではないと思う。ただ、常に相手に対する尊敬と愛情を絶やさず、自分の違和感を大切に暖めるだけのこと。それだけで、あらゆる祭りも、炎上も、意味不明な通りすがりも、ウヨ対サヨの不毛な罵りあいも、大部分は解消すると思うのだが、どうなのだろう。もっと、人間関係って楽しいもののはずなのにな。

 還元すると、そこに自分が出会ったブロガーに対する愛と尊敬があるかどうか。それが「よい読者」になれるかどうかの分かれ目なのかもしれない。

 よいを通り越した「素晴らしい読者」の皆様、いつも本当にありがとうございます。こうやって毎日書かせていただけるのも、皆様のおかげです。
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コメント

大事なのは、自分の好きなことを書いたあと、コメントを書いてくださった方(ブロガ―がほとんどですが)を大事にすることではないかと思います。
文字の世界といっても、やはり生身の人間の世界です。
その人の心に届くようなレスを書くことも大切でしょう。
アップした記事とコメントとその返事。
キャッチボールがうまくできて、初めてそのブログを訪れるのが楽しみになると思います。

それが一番難しいです…

>はんなさん

 この文章では、もっぱら読むほうの立場から書きましたが、逆に書く方はそういう「よい読者」からコメントをもらったらもらったで、腕の見せ所ですよね。

 僕は、正直言って自分がコメントしてくださった方に適切にお返事できているかどうか、すごく不安なことが多いです。

 実際に記事を書いているときよりも、コメントをいただいて返事を考えているときの方がドキドキするくらいです。下手をすると、本文のほうが食われるくらい深いコメントをいただいた日には、頭を抱えてしまいます。

 自分は的を得たキャッチボールができているのだろうか…日々疑問を感じつつやっています。(特に政治向きの記事なんかは賛否両論常に分かれますから)

寝太郎さん、ご心配には及びませんよ
寝太郎さんのコメントは親切ですから^^

いいえ

>はんなさん

 そうでもないみたいです。

とても勉強になった。いい話です。今後もよろしく

こちらこそ

>hontinoさん

 お褒めにお預かり光栄です。

 コーヒー話、とても楽しみに拝読しています。

 これからもよろしくお願いします。

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