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今週のピックアップ~ソネット三篇~ 

さざ波のソネット

嵐のソネット

雨のソネット


 以下解説
 灌漑という形で水の脅威をコントロールしてきたように、型をつくることで人類は深みから湧き上がる「ことば」の猛威を制御してきた。

 思えば、詩という表現形式は、音楽と共に生まれ、歌として発展してきたものだ。どちらも、定まった型、決まりごとをあえて設けることによって、人の心に潜む未知の膨大な力を制御するための知恵だったのではないだろうか。

 リズム、脚韻、字数制限…これらの一見窮屈な決まりごとは、人が情念の奔流にただ流され、飲み込まれることを避けるために必要なものだった。それらの激情は、型にはめ、造形することによって、初めて「美」として昇華され得る。つまり、これらの決まりごとというのは、人の魂の力をコントロールするための作法でもあった。

 したがって、紀貫之が古今和歌集の序において、この内側から吹き上がる未知の力が「歌」として調えられたときの力について語ったのは、まさしく詩人としての実感に支えられてのことだろう。

和歌は人の心を種として万の言の葉とぞなれりける。…(中略)花に鳴く鶯、水に住むかはづの声を聞けば、生きとし生けるもの、いづれか歌を詠まざりける。力も入れずして天地を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、男女のなかをもやはらげ、猛き武士の心をもなぐさむるは、歌なり。


 ところで、最近の詩は特に定まった形態をもたない自由詩がほとんどだ。別にそれは悪いことではないだろう。ただ、自由な創作と、たんなる情念の垂れ流しとは似て非なるものであることは忘れないでいたいもの。特に、ネットでみかけるような「詩」と称されているものの大半は、ただの熱に浮かされたうわごとを書き記したような拙劣なものだ。

 そういった、うわごと系の詩が大量生産されるには、ひとつには昨今のニュー・ミュージックにおける「ことば」の貧困の影響という理由があるだろう。しかし、この問題の根底にあるものは、人が自分の想いを制御し、昇華するための作法を喪ってしまったという事情があるのではないだろうか。

 いくら自由詩とはいえ、優れた詩人の書いたものには、大概何らかのリズムがあり、なんらかの型がおのずと存在している。それは、その詩の根底にある文法のようなものだろう。優れた詩人は大概、無意識のうちにある種の枠で自らの想いを形作る作業を行っているが、ただのうわごと系にはそれがない。

 もちろん、こういう話は他人事ではない。自分自身、想いを制御できずただの書き散らしになってしまうことがよくある。そういった書き散らしを避けるためにはどうしたらいいのか。答えのひとつは「定型」の技法を学ぶことではないかと思う。

 上記の三篇は、ソネットという定型を用いてつくったもの。といっても、「ソネット」という型に対する自分の理解が極めて適当なので、おそらく厳密な意味でのソネットではないと思う。

 自分が用いた技法は下記のようなもの

1)4行連を三つと二行連をひとつ、計14行4連でつくる

2)4行連の奇数行どうし、ならびに偶数行どうしは脚韻を踏む。最後の2行連も韻を踏む

3) 韻を踏む行における音数は基本的に対応させる。

 少し、またつくってみようかなと思う。

過去のピックアップ

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コメント

こんにちは。

「定まった型、決まりごとをあえて設けることによって、人の心に潜む未知の膨大な力を制御するための知恵だったのではないだろうか。」

なるほど、鋭い視点ですね。
私も詩を書くのは好きなので、いつかブログに載せてみようかなぁ~。なんて。
リズムと韻と字数って、詩を洗練させるためには必要ですよね。

以前は気がつくと詩の言葉が浮かんできていたのに、最近はなぜかあんまりそういうことがなくなっちゃったな。

小学校の時とかは、明らかに傷ついた自分を癒すために詩を書いていたんですよね。
今でも、そのころたくさん書いた詩は、私の宝物になっています。

今書いたら、何か新しい発見があるかもしれないな。
私もやってみようかなと思いました。

RE:君が代の起源

コメントありがとうございます。
本来宴席で歌うための歌であったというのは驚きでした。なおさら前向きに解釈していけるのではと考えています。

こんばんは。

| それらの激情は、型にはめ、造形することによって、初めて「美」
| として昇華され得る。つまり、これらの決まりごとというのは、
| 人の魂の力をコントロールするための作法でもあった。

音楽においてもその通りですね。
ソナタやフーガはもとより、大半の音楽は形式の中にあります。
とはいえ、単に教科書的に形式を守っただけではその美はある
ラインにまでしか到達し得ないのですよね ^^
そこが、また奥深いところだと思います。

ずっと過去のエントリですがTBさせて頂きました。

>sayakaさん

 おぉ、すごいな。小学校のころの詩が残っているんですか?いいですね。

 僕も徹底的に探せばあるのかなぁ…でも、当時のは全部英語です。ヨーロッパでは、そういう授業があるんですよね。

 sayakaさんの詩、読んでみたいものです。ぜひ、お書きになられたらいかがですか?

>楽俊さん

 いいえ、どういたしまして。

 ただ、うろ覚えなので、確実を期すのならばご自分でもお調べになってくださいね。

音楽!!

>awayさん

 はい、まさしく音楽のことを考えながら書きました。

 本当は関連性を持たせながら両論を展開したかったんですけど、どうやら手に余るようです。

 いずれかいてみたいです。

 トラックバック、ありがとうございました。

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The Remains Of The Day

英国人作家カズオ・イシグロの小説「日の名残り」が好きだ。映画にもなっていて、主人公の執事スティーブンスをアンソ\ニー・ホプキンスが、女中頭のミス・ケントンをエマ・トンプソ\ンが見事に演じていた。
  • [2005/10/17 21:23]
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