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私のブログ作法 

 金メッキがメッキであることは、きちんと観ようとする人間だったら誰でもわかる。

 だから、金メッキが金メッキであることをキーキーとヒステリックにわめきたてるような文章は書いてもしかたがない。小泉総理がボキャ貧でコミュニケーション能力のない人間であることは誰だってわかるし、ブッシュ大統領が狂信者のキチガイだということは見ればわかる。だけど、彼らの悪口をどんなに書き立てても、それはただの自己満足だ。読み手は嫌な気持ちになるばかり。

 人が読んで陰鬱になる文章は書くべきではない。少なくとも、チラシの裏に書いて、しまっておくべきだ。醜いものがいかに醜いか、ことさら書き立てたところで、それがなんになろう。
 例えば、散歩をしていたら犬のフンを見つけて不愉快な気持ちになったとする。だからと言って、ブログでその「犬のフン」の写真をアップして、詳細にその描写といかにそれが嫌な体験であったかをつらつらと書き連ねるだろうか。

 ウェブで見かける不愉快な文章というものも、大概はこういう「犬のフン」についての詳細ルポであることが多い。

 なぜこんなことを書いているかというと、先ほどアップした「自己分析」だって、あ~気持ち悪い! という文章が、そういう「犬のフン」文章だからだ。

 書きつつ、こういう文章はよくないと思った。しかし、書かずにはいられなかった。それは自分の弱さであるが、だけど、やはり読んでくれる人たちに申し訳ないと思う。

 醜いものを醜いと言うことほど簡単なことはない。そして、醜いものと戦うためには、それは何の力にもならない。醜いものと戦うためには、怒りや悲嘆では駄目だ。それでは、さらに世の中は陰鬱で生きづらい場所になるばかり。

 ましてここはインターネット。世界に開かれたみんなの場所。つまらない愚痴や悪口を書き連ねるのは、公園にゴミを棄てるようなもの。

もし、あなたが醜さに対して戦いたいのなら
何か美しいものを生み出しなさい。

非難し、呪詛するのではなく
美しいものへの讃歌を歌いなさい。

ひとつ醜いものに出会ったら、
ふたつ美しいものを見つけなさい。

愚痴を言いたくなったなら
誰かを笑わせてあげなさい。

自分の不運を嘆きたくなったら
幸せな人を祝福しなさい。

世間の愚かさを嘲りたくなったら
身近な誰かを褒めなさい。

自分が絶望しているときは
きらきら輝くことばを紡ごう

心が痛くてたまらないときは
優しさのかけらをことばにしよう

寂しくて泣きそうなときは
暖かな想いをささやこう

どこにも行くところがないときは
よそ者たちの居場所になろう


 これが自分のブログ作法。こういうブロガーに自分はなりたい。そう、最近思うようになった。

 もちろん、時にはどうしようもなく陰鬱で、愚痴や非難を書いてしまう事があるかもしれない。でも、自分はそこに甘んじるような腰抜けだけには絶対にならない。それが自分の男としての矜持であり、ブロガーとしての志。

 丘の上に足を踏まえ、内側からほとばしる光を解き放とう。魂の門を開き、地平の彼方まで輝かそう。ただ無心に神様の道具になろう。優しさのこもったことばを刻もう。終わらない夜を嘆くのではなく、夜道を照らす月になろう。

 何より、いつも笑顔で書こう。心を開いて、神様にお祈りするつもりで、あるいは大切な人にラブレターを書くつもりで書こう。いや、むしろ神様が自分を使って書いてくれることをお願いしつつ書こう。愛が世界にあふれ出すように。

 そう、嫌なものや醜いものと向き合いながら、それでも自分が笑顔でいられる理由。そうした世界への愛を刻み込むためのブログでありたい。それが自分のブログ作法。

 よーし、がんばるぞ!!

 これからも当「うたたねの記」「Amor Mundi」をよろしくお願いします。

私のブログ作法 その2 読者篇
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コメント

応援しています

寝太郎さんの記事を、昨日と今日続けて一気に拝見しました。

だけど、私は昨日の記事を「犬のフン」とは全く思いませんでした。
なぜなら、そう書きつつも、文章の表面には表われていない部分で、寝太郎さんの深い人間味や素敵な感性が伝わってきたからでした。

きっと宇宙は(大きすぎるかしら)、陰と陽のエネルギーで成り立っているから、ある時は悲しくて辛くてどうしようもなかったり、またある時は楽しくて生きていてよかったって思えることの連続だったりするけれども、だからこそ今ここにある自分をそのまま受け止めて、少しずつでも進んで行けたらいいなと思っています。

少なくとも私は、寝太郎さんの深い社会に対する洞察力を本当に素晴らしいと思っています。そしていつも記事に共感して、同じ様なことを思ってらっしゃる方がいるんだなと思ってハッピーな気持ちになります。

これからも、応援していますね。
また記事楽しみにしています。
(^-^)

こんにちは。

「小泉総理がボキャ貧でコミュニケーション能力のない人間であることは誰だってわかるし」・・・「誰だって」わかるわけではないから、ああいう選挙結果になるのでは? わからないからこそ、それを理解しやすい言葉で説明してくれる人が必要なのだと思います。それをできる人はとても少ないだろうけれど。

寝太郎さんが「書かずにいられ」ないことなら、それを大事にすれば良いと思います。寝太郎さんは自分の感覚をもっと信じて書いていけば良いと思います。

それにしても、犬のフンの話は面白かった。笑っちゃいました。

きれいに書くことも大事ですが、肩の力を抜いた自分らしいブログを作ればそれが一番いいのだと思います。
それはもしかしたら、政治の批判になるかもしれないし、世の中の風潮を嘆くことかもしれない。
今までの寝太郎さんのブログ、いいですよ。
寝太郎ブログは私が好きなブログのベスト・ファイブの一つです。(お世辞じゃなく、本当のことです。)

>sayakaさん

 心暖まるコメントをありがとう。

 宇宙は陰と陽からできていて云々というのはsayakaさんの世界観なのでしょうか。とても素敵な考え方だと思います。思いますし、大筋において自分もそういう風に物事を見ています。

 ただ、僕は最近思うようになったのですが、sayakaさんのことばでいうと物事が「陰」の方に傾いたときも、それを笑い飛ばす事で踏み台にすることはできるんです。

 それは、悲しみや怒り、嫉妬や呪詛の混沌の中に潜む光の卵を見つけて、温めてやることなのだと思います。そういう心の習慣をつけることによって、人は運命の束縛から自由になれる、そう自分は考えるようになりました。

 sayakaさんのコメントには、いつも背中を押してもらったような気持ちになります。そうやって褒めちぎっていただけると、悪い気はしません。(笑)どうも、ありがとう。

セルフ・コントロールの難しさ

>あつこさん

 あつこさんをはじめ、読んでくださっている方々がこうやってありのままの自分のスタイルを受け入れてくださるのは本当に嬉しく、またありがたいことです。

 だからこそ、常にそういう皆様のご好意と寛容に感謝しつつ、それに甘んじないように自分に厳しくありたいと思います。

 青臭い話に聞こえるかもしれませんが、自分にとって書くという行為は、常に書く前の自分を書き終える事で乗り越えることでありたいと思うのです。それこそ、本来ありきたりな愚痴にしかならにようなネタを、読んでくれる人の心が温かくなるような文章にすることができたとしたら素敵だなと思うんです。

 そういった形で常に頑張っていきたいなと思います。

 いつもありがとうございます。

有頂天になりそうな気分を抑えつつ…

>はんなさん

 はんなさんのブログについて感心することのひとつが、リンクされてるサイトのレベルの高さです。

 読み応え、見応えのあるところをたくさん発掘されてるなぁと、驚くばかりです。

 それだけに、そんなはんなさんに「は私が好きなブログのベスト・ファイブの一つ」なんて言われてしまうと、ひょっとしたら俺も本当に捨てたもんじゃないかもなと有頂天になってしまいそうで怖いです。

上のあつこさんに対するレスでも書きましたが、自分のありのままのスタイルをこうやって受け入れてくれる人がいらっしゃるのは本当にありがたいことです。

 しかし、やはり自分の怒りや義憤は大切にしつつ、そこから一歩先へ踏み出す文章を書けるように努力したいと思うのです。

 いまの自分の文章というものは、一時期よりは改善された気もしますが、やはり濃厚に脊髄反射的なヒステリーの気がすると思うのです。そういったものから、卒業したいと強く思います。

 本当、「書く」って難しいですねぇ…。

 いつもありがとうございます。

難しいですわ

私は、その時々の自分の迷いや感じた痛みを、そのまま書いている訳で、一応「読み手」というものは意識しているのですが、見る人によっては「不快」なのだろうなあ、と思います。

起きた出来事に対して自分はまだ「昇華」できてないわけです。そのいつか「昇華」できるであろう過程を書いているつもりなのですけどね。

記事とは関係ないかもしれませんが、私は「真摯」という言葉をよく頂きます。
もちろん私自身「真摯」でありたいとは思っていますし、好きな言葉ではあります。

けれど、時々「どーでもいいような記事」も書きたくなったりするのです。寝太郎さんは、そのようなことは、ありませんか?

どーでもいいような記事

>ののかさん

 どーでもいいような記事ですか?ってか、書きまくりです。(笑)

 ののかさんの記事は好きですよ。ご自分でもおっしゃってますが、それこそ自分を越えていく「過程」と言いますか、それこそ「真摯」に自分と対峙しているのがすごく伝わってきて。そういうのは、ぜんぜん僕は不快だとは思いませんし、むしろ「いい記事」なんじゃないかと思います。

感動しました

はじめまして。
ブログ作法についての記述、本当に感動しました。私も、愛を刻むような言葉を綴れるようになりたいと思いました。
また、お邪魔します。

嬉しいことを仰せになる

>schuさん

 はじめまして、ご来訪ありがとうございます。

 自分の書いたものについて、しかもまったく初対面の方からそんな風に言っていただけると、あぁ、書いててよかったなぁと心から思います。本当に嬉しいです、どうもありがとう。

 またのご来訪、お待ちしています。

共感します

本当にそうですよね。

はじめまして、ついその通りって思ってしまったので書き込んじゃいました。

大分前、ビンラディンの手記を偶然目にしてお気に入りに加えて置いたのだけどその後PC変えて久しぶりに今古いPCみてて訪問しちゃいました。
今、新PCは他の作業中、時間持て余して遊んでいました。

makaronさんこんにちは

 こんにちは。

 ビン・ラディンの手記とは、懐かしいことを仰います。なんだか、はるか遠い昔のようで懐かしいです。

 この文章、結構気に入ってるので、そうやって共感してくださると本当に嬉しいです。

 ぜひ、またいらしてくださいね。

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