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書きたいことを書きたいんです!! 

 だ~って書きたいこと書きたいんだモン。

 そう。結論から言うと、そういうこと。

 もちろん、どうしても書きたくないときがある。でも、そういうときを除くと、毎日書かないと落ち着かない。それは、義務感とかアクセス対策とかそういうんじゃなくて、たぶん純粋な習慣の問題。

 で、ブログやってない人のために解説すると、だいたい「下書き」保存機能みたいなのがどこのブログにもついてる(はず)。だから、ある程度記事を書き溜めして、忙しいときはそのストックのなかから投稿するのが賢いやり方。実際、自分もそうしようと思ってはいる。

 思ってはいるんだけど…これが微妙なんだなぁ。どう微妙かっていうと、やっぱり、その日書きたいことが投稿されてないと、自分的に気持ち悪いってわけ。

 やっぱり、記事を書くってことは、そのとき人に聞いて欲しいことがあるから書く。これ、自分的に基本。ようするに、このブログにおける全ての記事は、リアルでいうならば、「ね~ね~、聞いて×2」ちっくなノリで書かれている。

 でも、不幸なことにすべての記事が記事として完成されるわけではない。これは内容云々というよりも、純粋に気分的な問題であり、またその日の集中力の問題だったり、あるいは単に執筆中に電話がかかってきて、「それでね、それでね、ぴーちく・ぱーちくあぺらぺら」とかやってたら書きたいいうモチベーションがなくなってしまったりとか、そういうどーでもいい理由から完成されないことがほとんど。そして、書きたい瞬間を逃すと、もうその題材については書く気が起こらない。

 また、今度ネタがなかったときのためにと投稿しなかったりすると、いままでの傾向でいえば8割がたその記事は絶対に掲載されない。これも、やっぱり、自分的にその記事がいまこの瞬間投稿されているのが気持ち悪くてしかたがないから。

 いや、だから、何が言いたいかというと、ようするにこういうこと。たとえば三日前とかの「ね~ね~、聞いて×2」は、どんなに深刻な内容であっても、だいたいは現在の自分の心理的にはど~でもよかったりする。だから、他にネタがなくても投稿したくない。きもちわるいから。なんか、4日前の揚げ物をレンジでチンしてるみたい

 だもんだから、ブログの下書きエリアには、そうやってついに陽の目をみることのなかったかわいそうな記事がいっぱい。タイトルだけ言えば、たとえばこんなの。

トラックバックについて思う

だから結論を先に言いなさい

自分の文章はいつも名文

中立的、もしくは公平かつ客観的な立場から見るというたわごと

いいえ、おいらサヨクじゃございません

記事を書く際に気をつけていること

ゴメン!!ぶっちゃけ読む気がしないんです

天木直人氏の立候補についての雑感

みにくいアヒルの子なのか、ただの醜いアヒルのなりそこないなのか



 まぁ、こういろいろあるわけで、かわいそうに、こういうのってたぶん半永久的に陽の目を見ないままネットの隅で朽ちていくのね…。

 でも、たとえば、おいらが将来なんかまかり間違ってBIGになっちゃったりしたら、そーゆーのも、「四畳半寝太郎未発表草稿集」みたいな形で出版されちゃうのかしら。まー、でもそういうのが出版されるのって、だいたい本人死んでからだから、そうなってくるとこんな本人にとってはどーでもよくなってしまった記事でも、子孫のみなさまの印税がっぽがっぽウハウハ人生につながるかもしれないわけだなぁ。

 ってか、ちと脱線するけど、有名人って、死後「往復書簡集」とか出版されたり公開されたりするじゃない?あれってどーなの?まぁ、われわれの世代だとだいたいメールなわけだけど、そうなると「四畳半寝太郎未公開メール集」!?

 くはぁ、死んでしまいたい。恥ずかし~顔文字だとか、声に出して読めない日本語だとか、「大好きでちゅ~、うじうじうじ…」系の一切存在しなかったことにしてしまいたい文章とかそーゆーのが23世紀くらいのガキどもに鑑賞されるわけでしょ?ありえなくない?…ま、でも公開されるときにはどーせ死んでるのか。

 おっと、とてつもなく脱線。…で、さらに脱線するわけだけど(笑)、ちゃんとしたブロガーだったら、ここまでひとつのエントリーのなかで話題の統一性がなくなったら、記事をわけるんだと思う。論理的にもそのほうが美しいし、なにより読者のために。ま~、もっともこちとらぶっちゃけ自己満足で書いてるわけで、記事としての質なんてのは二の次三の次。客観的にみると、この話題のずれっぷりはめちゃくちゃなんだけど、四畳半寝太郎の思考回路的にはナチュラルそのもの。いつもは結構気を遣って論旨をまとめてるけれど、でも、こういう思いつきでバンバン思ったことをてきと~に書いてくのが一番楽しい。実際、今日はひとつの文とか段落がやたら長いと思いません?いつもは読みやすいのように区切りを入れているけれど、どちらかというとこっちの整理されてないめちゃくちゃなほうが、自分の自然な思考回路。まー、誰だってそうなんだろーけどね。

 いわゆるメタ・ブログ的な文脈で、「ブログを読んでもらうためには」みたいなことを書いてるところがいっぱいある。たとえば、さっき話した「記事→冷凍保存→忙しいときレンジでチン」テクニックとかも、そーゆーサイトで読んで、なるほどなぁと思ったもの。そのほかにも、話題を絞って特化したブログをつくれとか、ひとつの記事は800文字以内で見出しをいっぱいつけなさいとか…ぶっちゃけ結構いいこと書いてあったりする。でも、やっぱりそういう「いいブログを書くためのセオリー」みたいなのは、結局は自分的には「大きなお世話」なわけ。

 書きたいものを、書きたいタイミングで、書きたい相手に向かってそのとき書きたいように書く。

 これ以外のやり方だと、たぶん自分は続けられない。まずは、とにかく書きたいことを書き続けること。どうやったら自分にとっても、読んでくれる人たちにとっても「いいブログ」になっていくかは、書きながら考えていくしかない。

 だ~って、ブログなんだもん。完璧なものなんか書けっこないし、世界に対して自己アピールするために書いてるわけでもない。ましてや、誤解を恐れずに言うならば、読者のために書いてるわけでもない。書きたいことを、とにかく書きたいときに書くのは、それが「いま」書きたいから。

 
馬は走る。花は咲く。人は書く。
      自分自身になりたいが為に。

by 夏目 漱石 


 そう、この「ことば」がこの「うたたねの記」の原点。実際は、はじめてのブログ投稿ってことで、何書いていいかわかんなくって、てきと~にアップした記事なのだけど(笑)。だから、自分のペースで、自分のことばで、自分のためにまずは書くべき。自分のために書いたものなのに、それがひょんなきっかけから思わぬところで広がっていって、結果としていろんな予想もしなかったような出会いを運んでくれる。だからブログって面白いんだと思う。だから、きっとそれでいい。

 というわけで、結論。

 だ~って書きたいこと書きたいんだモン。

 というわけで、このブログは不定期更新です。ご了承ください。

 ぺこり  m(_ _;)m

 はぁ、結局自分はこれが言いたかったのね。ぶっちゃけ、結論はいつも後から見つけます。こういうのをきちんと整理してから書くのが「よい」ブロガー。

 でわでわ、皆様。よい一日を。
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コメント

確かに

タイミングというのは、ありますよね。
書けるときに書きためておいて公開する人もいるようですけれど、私は書いてしまうとすぐに公開したくなってしまう。

私は下書きにテキストエディタを使っているのですけれど、これもまた保存というよりは、データが消えないために使っているような感じです。

ブログ論は、とても為にはなるのだけれど、あまり気にしすぎると書けなくなってしまいます。私はいつも、「こんな堅苦しいこと誰が読んでくれるんだろう」と思いながら書いていますが、これが私の書きたいことなんだろうな、と。

ふむふむ

こんにちは。

夏目漱石は、そんな言葉も残していたんですね~。

「書くこと」かぁ。私もブログを始めて一ヶ月とちょっとが過ぎました。
私にとって「書く」ということがどういうことであるのか、そして何のために「書く」のかはまだまだ謎です。

いつもそのことを手探りしながら書いています。
そのうち、分かるかなぁと楽観的に考えながら・・・。

また記事を楽しみにしていますね。

書きたく無いと書けませんよね

ブログやってて面白いのは、「今日は何書こっかな?」って考えることだと思うんですよね。
だから、その日の気分が表現できない記事は書けてないってのが真実だというのが実感です。
ホント人に見せるために書いてるわけじゃないですからね。
自分が面白いと思ったことだけ書くからまとまりがなくなっちゃうんですけど(笑)
それもまた良しかなって思ってます。

僕も「よい」ブロガーにはなれませぬ。
そういうの意識してると、自分が感じたはずの「何か」が風化してしまいそうなので。

ちなみに下書きの恐ろしいところは、分かっていること」だけを残してしまうことかと。
感じたはずの「何か」から、「分からないこと」や「説明できない感情」が取り除かれると、魅力無くなりますからね。

なのでもし、それでも下書きを残すことになったら、疑問文だらけにしておくと良いです。
その対象に対する当時のやる気を残せます。多少。
それが真の備忘録。多分。

誰が読んでくれるんだろうということ

>ののかさん

 うん、それは僕も思うんです。読んでくださってる人たちには悪いんですが、みなさん物好きだなぁって。(笑)

 でも、ののかさんはそう仰いますが、僕はののかさんの文章好きですよ。とても真摯に物事に向き合っておられて、学ぶところ大です。

>sayakaさん

 ブログに限らず、公の場で物を書くという行為は、自分の考えを文章にするというだけでなく、読んでくれる人とのコミュニケーションも楽しめないとうまくいかないと思うんですそういう意味で、sayakaさんのブログって、とても楽しんで書いてるなぁという印象を受けます。

 なぜ自分が書くのか。これについては僕もよくわからないんです。でも、この記事にもコメントしてくださってるシュガーレスゾンビさんが、昔、ブログとは「世界に自分を刻み込む行為だ」みたいなことを仰って、それにすごく感銘を受けました。自分の思いをことばにして世界に刻み込むことで、何かの痕跡を残したいのかもしれないなぁと漠然と思ったりします。

暴論かもしれませんが…

>hapicubi_ottoさん
 
 なんともまとまらないところが、かえってブログの面白さなのかもしれませんね。

 やっぱり、「きちんとした」文章になればなるほど、その分削ぎ落とされてしまうものって多い気がするんです。でも、そういう形でそぎ落とされるものの中にはとても素敵なきらきらがたくさんあったりするのも事実。

 だから、ブログの面白さって、このよくも悪くもいい加減なところなのかなぁと最近思います。

そうか、大切なのは「疑問」なんですね

>シュガーレスゾンビさん

 なるほど、思わず唸ってしまうようなアドヴァイスありがとうございます。

 ストックした文章をレンジでチンするのは気持ち悪い。それは前から思っていました。

 ただ、なんで気持ち悪いのかと聞かれると、正直よくわからなかったんです。でも、シュガーレスゾンビさんの「感じたはずの「何か」から、「分からないこと」や「説明できない感情」が取り除かれると、魅力無くな」るというコメントを読んで、すごく腑に落ちました。

 何かに驚いたり心動かされて、書こうと思う。でも、その「何か」はとてもうつろいやすくて、はかないもの。そういうものが雲散霧消しちゃうから、レンジでチンはどことなく気持ち悪く感じるんだなって思いました。

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