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書評 川島重成 高田康成編 『ムーサよ、語れ』 

4921091056ムーサよ、語れ―古代ギリシア文学への招待
川島 重成 高田 康成


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総評

 神話から悲劇、プラトンまで幅広く網羅した古代ギリシャ文学入門。章ごとに出来・不出来はあるものの、さまざまな古典の濃縮されたエキスを堪能できる一冊。すごく面白い。

論文集なので、著者によって若干出来・不出来があるのはしかたがないところだろう。しかし、総じてどれも面白い。その作品の面白さが凝縮されている。特に個人的に面白かったのは、川島重成による序文(下に抜粋あり)、そして『イリアス』論。また、プラトンの思想における詩と哲学の葛藤を、かれの有名な「詩人追放論」を軸に解き明かしていく栗原祐次による論文も秀逸だ。



 なんとも乾いた時代だと感じることが多い。世の中のすべてが説明可能で、わかりきったことだらけ。計画性と計算能力が何ものにも増して尊ばれる。

 
 今日、生きるということは、ゲームに参加することだ。それは、成功か失敗かのどちらかだ。つまりルールにうまく適合できるかできないか、その二者択一。なんともチンケだが、それが現実。

 ファンタジーや祈りは余暇をもてる特権層の手慰みに過ぎない。ようするに、乾いていることはいいことだ。そう思うように、われわれは促されている。そういう時代だ。

 けれど、乾く。心が乾く。それを感じてしまうのは、やはり何かが致命的に欠けているからなのだろう。

 かつて、「ギリシア」という世界があった。あらゆる文明のなかで、最も卓越した神話と、卓越した哲学の双方を同時に花開かせた世界だった。

 焼け付く地中海の潮風、真っ青な海と空。ゼウスの雷とアポローンの竪琴。アキレウスとヘクトルの死闘。マラトン、サラミス、テルモピュレー。ソロンやペリクレスといったデモクラシーの旗手たち。そしてソクラテスにプラトン。

 これほど豊かでみずみずしい世界がなぜあり得たのか。少なくとも、2000年間、西欧文化は絶えずギリシアに立ち戻っては新生の息吹をそこで吹き込まれてきた。もし西欧文明に原点が存在するとしたら、間違いなくそれは、この神と人とが交わり、ともに歌い踊った「ギリシア」という世界だったろう。

 本書は、ホメロスからプラトンまでの遺産を、「ムーシーケー」というキーワードを軸に紹介していく、いわば入門本であるといえよう。「ムーシーケー」とは、「学芸の女神ムーサ(ミューズ)がつかさどる領域の意味で、musicの語源となった言葉」だそうだ。

 文脈上重要なのは、古代ギリシアの学芸全般が、人びとの間で共有される性質のものであったということであろう。ホメロスやソフォクレスの悲劇は、「読まれた」のではなく、複数の人びとの間で上演され、「観られ、「聴かれ」、共有されたのである。

 また、哲学にしても、事情は似ている。ソクラテスは生涯自分の思想を文字にすることはなく、盛り場で人びとをつかまえて、一対一で語る事によって「哲学」した。弟子のプラトンもまた、対話編という形で自らの哲学を展開することで、師の精神を有る程度受け継いだといっていい。
 
 つまり、こうったギリシアの学芸全般は、ムーシーケーという形で共同体的に共有され、発展していった。そして、その題材は主に神話を題材とすることにより、神と人、生と死など普遍的なテーマを扱うことが多かった。

 つまり、共同体の中心には、そうした普遍的な共通の関心事に立ち向かうための詩的真実があった。そういった、「非日常性」が日常性として人びとを結び、潤していたのがギリシアという世界だったのではないだろうか。

 もちろん、いまや「神が死んだ」現代において、ギリシアに帰れというのは陳腐を通り越して滑稽であろう。ただ、こういった神と人とが調和して、現世でリアルに生活していた時代に、人類史上最も豊かな精神的営みがなされたという事実に関して、われわれは眼を閉ざしてはいけないと思う。

以下抜粋 (川島重成による序文より)


 古代ギリシア人はしばしば「人間の発見者」と称される。かれらは人間が人間である事、世界が世界であることに「感嘆」したのである。この「感嘆」と古代ギリシア人は<タウマゼイン>と称した。(p10)



 これを一般化していえば、<タウマゼイン>とは、異常なものや不自然なものに接して抱く畏怖や恐怖とは違って、自然なもの、美しいものを見出す術と称してよいであろう。ごく親しい友人のなかに新たなすばらしい何ものかを発見し、率直に喜ぶ、あの感情である。プラトンもアリストテレスも、この<タウマゼイン>から人間は哲学、すなわち知を愛することを始めたと言っている。いや、哲学だけではない。神話・文学・美術・科学等々、古代ギリシア人が人類史に輝かしい足跡を残した全領域、つまりギリシア文化の全体がこの<タウマゼイン>から生まれたと称して過言ではないだろう。(p11)




 いま、ホメロスや悲劇は神話・伝説を取材した詩であると述べた。これは、歴史や哲学など散文作品にはそのまま当てはまる事ではない。ギリシア精神史に神話から哲学へという―あるいは韻文から散文へとも言い帰られる―顕著な動きがあることは否定できない。神話的思考からの脱却なくして、歴史や哲学の誕生はありえなかったであろう。確かに、合理的思考はギリシア精神のひとつの輝かしい所産である。だからといって、神話的思考を合理的思考より価値の低いものと一義的にとらえることは正しいとは言えまい。それは、近代合理主義に立脚したかたよった見方にすぎない。ギリシア精神を全体として見れば、むしろ神話と哲学が互いに開かれた関係にあって併存していた―そこにギリシア精神のダイナミックスがある。あるいはそこに近代合理主義の行きづまりを突破する契機がある、とあさえ言えるのではないか。(p16)



 神話に題材を求めるかぎり、詩人たちが扱うテーマは、私的な関心事ではなく、つねに生と死、社会・自然・神・運命といった人間の根本問題たらざるをえなかった、詩人たちはこのような普遍的なテーマを、ポリスの政治的・歴史的状況のなかで問い直した。逆に言えば、ギリシアの詩人たちはこのような普遍的なテーマを、ポリスの政治的・歴史的状況のなかで問い直した。逆に言えば、ギリシアの詩人たちは、ポリスの問題や時代の問題をいわば「永遠の相の下に」照らし出す役割をになう宗教的思想家だったのである。このことは神話を離れて創作した歴史家や哲学者についても、現れ方は別であれ、ひとしく言えることではないか。その意味でかれらも、ホメロス的・神話的思考の正統の後継者、<ムーシーケー>の本流に棹さす思想家であったと考えてよいであろう。(p17)



 この哲学と神話、理性と非理性、合理と非合理の緊張をはらんだ関係こそ、ギリシア精神の生きたダイナミックスではないか。従来の西洋文化の源泉としてのギリシア像の主流は、冒頭で述べたように、合理主義・理性主義の旗手としてのそれであった。しかし、当のギリシア文化は、後代の人間の勝手な尾も込みとは別に、神話的なもの、非理性的なもの、神的なものに深く豊かに通じていたのである。それどころか総じて非理性的なものこそ、ギリシア人を根本的に規定していたピュシス(自然)ではなかったか。だからこそ、かえってかれらは理性的なものを激しく希求し、自らの本性に根ざす破壊的なものに秩序と調和をもたらすこと、つまり非理性(パトス)に理性(ロゴス)を刻印することを求めたのである。

 人間は、内外からつねに非人間的なものにとり囲まれている。人間が人間であることは自明のことではない。森有正が言ったように、「人間であるとは人間になること」なのである。ギリシア人はこのような意味で人間の発見者であった。最初に述べたように、かれらは人間が人間である事に「感嘆」した。その<タウマゼイン>には人間であること、人間になることの喜びがしみわたっている。古代ギリシアの<ムーシケー>に謳われる人間讃歌がいつも新鮮に響くのは、その発見の喜びに裏打ちされているからである。この発見的認識を伴わない合理主義、人間である不思議に「感嘆」することのない理性主義は、干からびた固定観念にすぎない。(p18)
 
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