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これは問題発言だが、これに対して即座に訂正を誰も求めないのが最も問題。

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日本はこれからどこを目指すべきなのか考えてみる 

 前の仕事は、フリーターだとか第二新卒だとか、正規のルートを外れてしまった人たちに正社員としてチャレンジするチャンスを提供する事を目指した事業だった。

 たくさんの人たちと出会った。

 そして初めて実感した。

 この社会にははっきりとしたピラミッドがあり、格差があり、階層があるということ。それらは年々強固になっていて、昇るのは大変だけれども落ちるのは一瞬だということ。
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ホワイトカラー・エグゼンプション 

はてなで質問を立ててみました。

http://q.hatena.ne.jp/1168031467

さすが有料だけあって、結構密度の濃い回答がもらえますね。

すごい×2。

以下、質問文コピペ。

ホワイトカラー・エグゼンプションについて質問します。

昨日、安倍総理がきわめて斬新かつハイパーな見解を表明されました。

それはともかく、この制度のデメリットについては方々で耳にいたしますが、導入によるメリットやポジティブな展望についてはあまり聴く機会がないように思います。

というわけで、皆様、もしこの制度にメリット、あるいはポジティブな要素・可能性があるとしたら、それはどのようなものでしょうか?

1)ホワイトカラー正社員からの視点
2)企業側からの視点
3)日本政治および経済・景気動向からの視点

以上の三つの観点から、お答えください。

*長期的視点と短期的視点、双方から分析をしてくださると、とてもありがたいです。

*なるべく論拠となるソースを提示してください。

格差社会というのは、もはやたいした問題ではない 

 格差社会という言葉は不適切だ。

 もはや問題は格差ではない。

 「貧困」なのだ。

 格差は既にある。それは既成事実だ。

 もはや問題は、格差社会における貧困という焦点にシフトしている。

 だから、格差社会ということばを使うのはもうやめよう。

 いまの現実は、「貧困社会」ニッポンなのだから。

 戦後、われわれがずっと背中を追っていたアメリカ。ニューヨーク市民の800万のうち120万人は、すでに家賃と食費の両方を払えない貧困層に転落したという。アメリカにおいては、(まぁ、随分前からの話だが)日本にはほとんど存在しなかった飢餓という現象が日常化している。アメリカというのは、内省に関して言えば、ある時期を境に日本よりも後進国だったのだ。

 とりあえず、年収400万円以上の人間の残業代をカットする方向性で話が進められているホワイトカラー・エグゼンプションの法制化は、現実味を帯びてきた。

 前回の選挙で自民党に投票した方々。あなたたちの投票が、もしかしたらあなたたちの大切な人を谷底に叩き落すような結果になるかもしれないということをきちんと考えた投票されましたか?こういう政治が堂々と行われる責任は、あなたたちにあるのだということを自覚していただきたい。

 戦後日本における自民党の長期政権が継続した理由はただ一つ。それは、結局のところ、多少の不満はあれ、総じて国民が生活に満足していたということだ。

 しかし、もはや自民党政治はその最大の支持基盤であったものを掘り崩しつつある。

 潮時である。

 我々の出来ることはただ一つ。

 次の国政選挙において、貧困社会を望まないという強い意思表示を示すことだ。ちなみに、自分は最近堂々とサヨクにシフトした。

  それでも自民党に投票し続ける人びとの奴隷根性…あ、失礼、愛国心に乾杯。

 
参考

NHKスペシャル「ワーキングプアII 努力すれば抜け出せますか」の感想

(cache) OPENDOORS:雑誌:論座 - 今月のおすすめ記事 2007年1月号 - on the edge~崖っぷちに立つ若年フリーター - 「怒り」の剥奪

日本版オーマイニュースのリストカット 

 オーマイニュースが手首を切った。

 これまで、オーマイニュースはブログ形式だった。つまり、実名の記事投稿とそれに対する匿名のコメント、この二つの言論の場を提供していたのだ。
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もし核兵器保有を議論すること自体を非難するとしたら 

 もし核兵器保有を議論すること自体を非難するとしたら、それはどのような前提の下で可能だろうか。

 核兵器は特殊な兵器だ。

 それは人類そのものを消し去る。そこが、他の通常兵器と核兵器の決定的な違い。核兵器は人びとを殺すだけではなく、その歴史、人類が存在したと言う痕跡そのものを宇宙から抹消する可能性を持つ兵器なのだ。

 そういった意味で、絶対悪と言える。

 現実的な国防の観点から核武装を検討すると、そのメリットは抑止効果。つまり、撃ってきたら撃ち返すぞという暗黙のメッセージを他国に与えることによって、核兵器を自国に使用されることを避けるというメリットがあると言われている。

 しかしながら、例えば北朝鮮が、何らかの手違いによってわが国が全滅する規模で核ミサイルを発射したとする。ミサイル防衛の技術が実用レベルからほど遠い現在、果たしてここで撃ち返すことに何のメリットがあるだろうか。

 自らが滅亡することの報復として、罪も無い朝鮮半島の人びとを道連れにすることに、いったい何の意味があるのだろうか。ましてや、一歩間違えば核の連鎖によって人類そのものが滅亡しかねない。

 抑止戦略による国防とは、つまるところジェノサイドに対してジェノサイドで、したがって犯罪行為に対しては犯罪行為で報いると言う理屈のうえに立っている。

 核兵器を保有すると言うことは、我々はいざと言う時には敵国の民間人を虐殺し、更には人類の生存そのものを危機にさらすことも辞さないというメッセージを世界へ向けて発信することに他ならない。

 日本民族が滅びるのであれば、相手国や人類そのものも共に滅びるべきだと言う価値観とは、果たしてゆるされるものなのだろうか。

 もしも核武装そのものを議論すべきでないという論理が成り立つとするならば、そうした価値観を否定するという前提のもとで、初めて成り立つのだと思う。

 ちなみに、自分は核武装反対論者である。

世界史も勉強しないで大学に行ってどうするの? 

 さてさて、昨今話題の高校における世界史履修漏れ事件、とりあえず責任問題にはあえて触れない。

 ただ、ひとつ思うのは標題どおり、「世界史も勉強しないで大学へ行ってどうするの?」ということ。
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