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疾走するvanitas―偉大なる小室哲哉への挽歌― 

 どこかのゴロツキが割ったガラスの破片が路上に散らばる。

 ひとつひとつのカケラは、傍を走り行く諸々の虚飾を反射し、ギラギラと輝く。

 そんな輝きの満ちた時代、the 90's。好き嫌いに関係なく、小室哲哉の音楽はあの時代に青春を生きた人々全てとともに「在った」。良くも悪くも、時代を象徴するsoundだった。

 驚くべき中身の無い、そしてそれがゆえにきらびやかな歌詞。小室哲哉の作品における「ことば」は、ギラめくメロディとビートのためにあつらわれた小道具だった。それらは本当に意味を剥奪され、「語感」という音声の色彩にまで貶められ、ゆえに飾られた。また、ゆえに愛され、口ずさまれた。

 疾走するVanitas(虚栄)…小室哲哉。今、GlobeのFreedomを聴いている。今でも、そのギラギラには人を陶酔させる何かがある。10代を生きたかけがえのない90'sを思い出し、少し瞼が熱くなった。

 確かに中身のない輝きだったかもしれない。しかし、それでも確かにあの頃は光り輝く時代だった。今思えば、沈みゆく経済大国日本が、最後の栄光を飾った日々だったかもしれない。小室哲哉の音楽は、それを象徴するsoundだった。

 没落する偉大なる虚栄に、哀悼の乾杯を。我、彼の音楽と共にありき。さらば、ひとつの、栄光の時代よ!
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オーケストラとわたし 

みくし~で出回っていたオケ・バトンが面白そうだったので勝手に拾った。
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最近のヴァイオリン 

 へたくそながら、ぼくはヴァイオリンをたしなむ。

 そして、ここのところ、ようやく楽器を弾くということがどういうことか、少しわかってきた気がする。
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音楽バトン 

某所からまわってきた音楽ばとん。

答えるほうは結構楽しいものです。



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夏川りみ アルバム 『南風』 

南風
夏川りみ 森山良子 京田誠一
B000060NM2



 う~ん、これイイ!!ってことで…

総評

 澄んだ響きに乗せて、ひとつひとつのことばが大切に歌われている。いろいろな穢れをすっきり流してくれる一枚。久しぶりに本物の「歌」を聴いた。


 
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便乗企画 好きな交響曲5番は? 

 クラシック音楽へのお誘いさんで、現在好きな交響曲アンケート集計企画みたいなことをされてる。面白いなぁと思いつつ、見守っていたのだが、ここで少し便乗して記事を書かせてもらうことにした。

 今回のお題は「お好きな交響曲第5番は?」とのこと。本当は1番から順々に記事にすべきなのだろうが、それだと絶対企画倒れになるのでこちらではまず5番から。

 さて、交響曲5番と聞いて、皆さんはどの曲を思い浮かべられるだろうか。多分、5番と聞いた途端にパブロフの犬状態でジャジャジャジャーンが頭の中に鳴り響く方が多いのでは?僕はアマチュア・オーケストラに度々参加し、またクラシックも結構いろいろ聞いている方だと思う。しかし、刷り込みとは恐ろしいもので、いまだにベートーヴェン、もしくは交響曲第5番と聞くと、とっさにジャジャジャジャーンが飛び出してくる。同様に、一時期は毎日のようにマタイ受難曲を通して聴いていたにも関わらず、いまだにバッハと聴いたときに反射的に脳内に例の「トッカータとフーガニ短調」(ピラリ~ン、○から牛乳♪のアレ)の冒頭部分が鳴り響くのだから、やはり刷り込みは恐ろしい。

 で、問題の「運命・ザ・パブロフ」君、実際すごい曲だと思う。僕はあまり楽典の知識もないし、スコアを読み込んだり、演奏を聞き込む能力もたいしたことがない。けれど、やはりベートーヴェンの交響曲には他には無いある種の凄みがあると思う。それは、鬱屈したデモーニッシュな激情を精緻なまでの構造に押し込めるというその力技から来ているのではないかという気がしている。そして、まさしくそれがベートーヴェンの専売特許なのかなという気がする。たとえば、同種の鬱屈した激情系としてシューマンが挙げられるが、彼の場合は残念ながらそうした情動を音楽的に構造化することには失敗しているのではないだろうか。そして、このデーモンがベートーヴェンの交響曲において、最初にモチーフとして躍り出るのがこの交響曲5番…通称「運命」なのではないかと個人的に感じている。

 確かにそれ以前の交響曲においても、ベートーヴェン特有の激情が滲み出る箇所は多い。しかし、少なくとも交響曲というジャンルにおいては、運命以前の交響曲にはある種の禁欲された節度のようなものがあるのではないだろうか。特に1番や2番の交響曲などは、きわめて綺麗にまとまっていて、運命以降の交響曲とは質の異なる、ある種の職人的なよさを感じさせる。また、例の雄大なエロイカ・シンフォニーにせよ、ベートーヴェン特有の物狂おしさは滲み出るものとして配置されており、それが主眼に添えられているわけではないと僕は感じる。ゆえに、まさしくベートーヴェンをベートーヴェンたらしめた記念碑的作品がこの5番なのではないかという気がする。

 特に一楽章の冒頭の休符の持つ圧倒的な緊張感。(あそこ、厳密には「ジャジャジャジャーン」じゃなくて「・ジャ・ジャ・ジャ・ジャーン」なんですね)弾き手を萎縮させるほどのこのプレッシャーこそ、この曲の偉大さの成さしめるところだと思う。怒涛のような四楽章の奔流も、その後の七番を連想させる充実感。4楽章に関していうならば、随所に感じるベートーヴェンの遊び心が好き。

 で、実際、ユング氏のところのサイトでも、現在これが首位を独走中なわけだが、僕はこの曲の偉大さは認めつつも一票は投じない。ちなみに、現在高位につけているのはそのほかにもチャイコフスキー、ショスタコービッチ、マーラー、ブルックナーなど錚々たる面子。

 チャイコフスキーに関しては、僕も一度セカンドヴァイオリンで演奏したことがあり、割と好きな曲でもある。ただ、やはり場所によって大仰だったり、芝居がかっていたり、しつこかったりする。実際、かつて某プロオケのコンサートで4楽章の冒頭を聴いた途端、胃もたれがした。(しかし、それでも名曲です。大好き♪)

 …で、ショスタコービッチ…誰それ?と一部コアなファンを茹ダコにするような発言をあえてしてみる。ってか、ショスタコファンってなんでみんなあんなに 熱く語るんだろう。…まぁ、純粋に嗜好の問題で、どうもあのズンチャカ節にはついていけないのですよ。だから、多分、公平に評価できないのだと思う。よって、ノーコメント。

 えー、マーラー様。なんていうか、あまりにものスケールに、僕のような胃の弱い人間にとっては体調次第では潰瘍ができそうになります。まだまだ、マーラーを聞き込むには精神年齢と器量が足りないみたいです。結構たくさんCD持ってるのですが…なんていうか、曲全体の概観を頭の中に入れるのにとても難儀します。これって僕だけでしょうか?

 ブルックナー…、う~ん、好きっちゃあ好きだけど、やっぱり日常的に愛好するには自分的にキャパ不足…。でも、一度演奏してみたいな。まぁ、アマオケでやるとどうせ悲惨なことになるんだろうけど。

 で、あと番外編として現在一票しか入っていないドヴォルザークの5番。これ、世界が目の前で開けていく感じの壮快な曲で、僕は好き。そう、昼寝から覚めて春の野山を駆け巡る感じ。

 んで、注目のマイ・ベスト交響曲5番は…メンデルスゾーン、通称「宗教改革」!!兎角、メンデルスゾーンは「美しいが底が浅い」みたいなことを言われがちなんだけれど、そんなこというやつは、カラヤン・ベルリンフィルの演奏を聴いてみろといいたい。荘厳かつ真摯、「底が浅い」人にこれほどのものは絶対に書けないと思う。だいたい、そんな軽薄才子にはあのマタイ受難曲の発掘なんて大事業はできないって。しかも二十歳で!!

 まぁ、とにかくこの曲、本当に荘厳かつ真摯、そして同時にメンデルスゾーン特有の美しいメロディメイキングや、あのなんとも言えない「清さ」みたいなものも健在。特に1・4楽章の完成度には素晴らしいものがあると思う。メンデルスゾーンならこの一曲だと僕は思うのだが、人気の方はイマイチ。更に、メンデルスゾーン本人もこれを失敗作だとしていたりと、イメージ的にはイマイチ感が漂うのも事実。まぁ、確かにそういわれると、ちょっと2楽章がメンデルスゾーンにしてはどことなく歪な気がしたり、3~4への連結がイマイチかなとも思う。でも、やはり1楽章の心がうたたねから覚めるような序奏、大海の底から抉るように湧き上がり巌にたたきつけるような展開、更に四楽章の天高く駆け上がるようなエネルギーと疾走感は、やはりもっと注目されるべきなんじゃないかなと僕は個人的に思う。…ま、そりゃあ好き好きなんだけどさ。

 また、確かにこの曲…マイナーなせいか、いまいち「これは」という名演奏に恵まれていないのも事実。先ほど挙げたカラヤン・ベルリンフィルの演奏を聴いたとき、正直震えがきたわけだが、他の演奏はどうもパッとしない。実際、実はカラヤンの演奏、4楽章の要となるような箇所の上昇音階について、スコアの指示を無視していたりする。そして、まさにそここそがカラヤン以外の演奏を聴いていて「どうもなぁ」と首を傾げてしまう最大のポイントのひとつ。しかし、むしろカラヤン以外の演奏はスコア通りの演奏をしているわけだ。そうなってくるとやはりこの曲はいろいろと難しいのかなぁと思ってしまう。自分が聞いた中ではハイティンク・ロンドンフィルが割合イケてるなぁと思ったくらいかな。こうしてみると、案外曲そのものは割合欠陥が多くて、非凡なのはカラヤンとベルリン・フィルなのかなぁなんて悲しいことも素人的には思ってしまう。ちなみに、数年前に所属していたアマオケの選曲にこの曲のスコアを出したときは、チェロとティンパニーが「つまらない」と切り捨てて、アホ現代曲を推薦したのだが、僕はいまだにそれを根に持っている。(笑)

 ってなわけで、便乗企画で僕の中の交響曲5番諸々について語ってみました。気分を害した方、座談程度のつもりなので、マジレス、マジ勘弁してください。他のもいずれやるかも。

荒井由美 「ひこうき雲」 

Super Best Of Yumi Arai
B00005GMFR
荒井由実


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 数あるユーミンの曲のなかで、もしかしたらこれが一番好きかもしれない。

空に憧れて
空を駆けていく
あの娘の命は
ひこうき雲

 この透き通った寂しさ。何があったか、具体的には述べられない。ただ、すべてが終わった後に見上げる、抜けるような青空。もう戻らない大切なもの。その重さを胸に刻みつつ、見上げれば変わらない空の青さ。ただ、立ち尽くして心うたれる、そんな経験はないだろうか?

 この徹底された客観性、主体の排除こそユーミンの持ち味だと思う。歌い手の心情や繰言を一切排除したところに残る、鮮烈な情景。

 青空に一条のひこうき雲

 これだけ、ただこれだけで充分なのだ。涙は歌へと昇華され、ひとすじのひこうき雲は、歌う者の心の中で永遠を生きる。

 透き通った寂しさが結晶した名曲だと思う。

 ちなみに、ユーミンの発声に関しても、このころの方がうまい(聞くに堪える)と思うのは僕だけだろうか?
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