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23時45分の憂鬱 

 日付が変わるまで15分。

 書けるだろうか?

 そもそも、何を書く?

 あ~、しばらく更新してないのに~。

 こんな短時間でスパッとまとめられるネタは…う~む。

 と考え込みつつ、ここまでで一分。

 意外と書ける。

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ブログが消えるとき 

 更新をとても楽しみにしていたブログが突然閉鎖された。

 そういう兆しはまったくなかったので、びっくり。

 どうも、原因は揉め事くさい。

 残念。

 本当に残念。

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さらにコメントについて 

 なんとなく昨日書き損ねた気がするので、さらにコメントについて。

 はてブで何十人もブックマークしてるのに、実際のコメントはゼロって記事をたまに見かける。日本人ってシャイなのかなぁと、そういうのをみるたびに思う。

 自分の場合、たいていのコメントはもらって嬉しいもの。

 書いていて一番不安なのは、記事にまったく何の反応もないこと。読まれているのかいないのか、面白かったのかそうでなかったのか、それがさっぱりわからないこと。

 アクセスが増えても、それが純粋に自分の文章を読むために人が来てくれているのか、それともどこかで「コイツ痛い」と晒されて観測されているだけなのか、そこらへんがわからないと、なんとなく喜べない。

 だから、どんなコメントでも、大概嬉しい。

 「あ、誰かが受け取ってくれたんだなぁ」とわかると、安心する。

 やっぱり、何か伝えたいことがあるからみんな書いているんだと思う。アクセス数だとか、認知度だとか、そういうのは本来二の次なはず。

 だから、善意のコメントを残して不愉快に思われるってことは、よほどのことがない限りありえない気がする。


 そのことに気づいて以来、割と印象に残ったブログには、積極的にコメントを残すようになった。…と、そんなことを思う自分は、まだまだネットの怖さを知らないだけなのかもしれないけれど。

 ただ、基本的にブログの面白さって、そういう小さな「認め合い」みたいなのを積み重ねることにあるんじゃないだろうか。

 そうすると、結局、結論としては「人にして欲しいことを、あなたもしなさい」という道徳チックなことになってしまうのかもしれない。

 それも不本意だな。

 むぅ、不完全燃焼。

他人に興味を持つ資質とアクセス 

 ブログを始めた方へ(アクセスとコメントの事)という記事が非常に面白かった。

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なぜブログを書くのか 

 お手軽で軽い。

 ブログの記事はそうなりがち。それは否定できない。

 記事にかける時間は長くて1時間。

 クリックすれば、すぐにそれは世界へ向けて公表される。

 そこにはことばが練磨されるプロセスがない。いのちを世に送り出すための陣痛もない。

 そんな軽くて安っぽい「うまいぼう」みたいな文章を量産して、読者がいるという事実にいい気になる。

 そうありたくはない。

 だけど、そういう驕りが生じがちなのも確か。

 それでも、ブログでこうやって書き続けることが間違っているとは、どうしても思えない。
 
 生半可で弱っちいものを大量生産しているのかもしれない。そして、それは決していいことではないのかもしれないとも思う。

 でも、こういう想いのきれっぱしを刻み込む行為には、それ固有の意義があるんだとも確信している。

 自分自身のためにも、世界のためにも。

 誰になんと言われようとも、今の時点では、これが自分の戦い方。

 ここが自分の戦場。 

 そして、一つ確かなことは、自分がそのことに誇りを持っているということ。

アクセスアップを検討する前に… 

 まず問いを立てる必要がある。

 「自分は誰に向けて書きたいのか?」と。
 
 アクセスアップを検討する際には、自分が「どのような顧客」からのアクセスを増したいのかを明確にした上での戦略が不可欠だと思う。いわば、ある種の自己分析の上に立ったマーケティングが必要なのではないか。

 ブログの顧客とは、a)リピーター、b)検索経由、c)リンク経由の三種類に分類することが出来ると思う。そして、これらの三つのうち、どのカテゴリーを対象にしたアクセスアップを検討するかで、その対策は異なる。

 したがって、戦略的なアクセスアップの為には、「自分のブログのアクセスが少ないのは、リピーターが少ないからか?」、「検索にひっかかりにくいからか?」、「外部からのリンクが不足しているからか?」と、個別の検討が必要だ。

 つまり、処方箋は本来そのブログのコンテンツと発信対象によって異なるわけであり、万能の対策などは存在しないのである。



 続くかも

遠くまでことばが響くために 

 遠くまでことばが響く。

 具体的に言うとどういうことだろう。

 まず自分の文章に足りないのは、「緊張感」。
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