2008年を振り返って
仕事一色。 挫折らしい挫折もなく、稀に見る生産的な一年。
いい意味で酷使してくれる会社のおかげで、いろんな意味でレベルアップできた。そして、何より自分自身に自信を持てるようになった。それは、それ以前の26年間、ずっと欠如していたもの。
ちなみに、自分は未経験若年層(フリーター、第二新卒)にITおよびビジネススキルの基礎教育を施し、紹介するという事業において、採用・講師・就活指導・法人営業の仕事をさせていただいている。
人に感謝されるということ、またいつも自分を頼ってくれる誰かの為に全力で打ち込めるということ、そうしたことにおいて、本当にやりがいのある仕事をさせていただいていた。そして何より毎日がドラマチック。天職かどうかはともかく、適職だと自分でも思う。
そういう意味では、幸せな一年だった。
しかし、だいぶ消耗したのも事実。
いい意味で酷使してくれる会社のおかげで、いろんな意味でレベルアップできた。そして、何より自分自身に自信を持てるようになった。それは、それ以前の26年間、ずっと欠如していたもの。
ちなみに、自分は未経験若年層(フリーター、第二新卒)にITおよびビジネススキルの基礎教育を施し、紹介するという事業において、採用・講師・就活指導・法人営業の仕事をさせていただいている。
人に感謝されるということ、またいつも自分を頼ってくれる誰かの為に全力で打ち込めるということ、そうしたことにおいて、本当にやりがいのある仕事をさせていただいていた。そして何より毎日がドラマチック。天職かどうかはともかく、適職だと自分でも思う。
そういう意味では、幸せな一年だった。
しかし、だいぶ消耗したのも事実。
- [2009/01/03 12:46]
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心の還る場所
半年振りだろうか、大学の図書館を訪れた。
泣きそうになるくらい懐かしかった。
修士時代も含め、大学に7年間いた。
そんな長い大学生活の中で、図書館はお気に入りの場所のひとつだった。
何も変わっていなかった、 そこにいる人々以外。
何もかもが懐かしく、何もかもが変わってしまった。
じわっと暖かな切なさが胸に広がり、しばらくその余韻に浸った。
ここは自分の還る場所。心が憩う特別な場所。そんな場所を持てる自分は、とても幸せだと思う。
泣きそうになるくらい懐かしかった。
修士時代も含め、大学に7年間いた。
そんな長い大学生活の中で、図書館はお気に入りの場所のひとつだった。
何も変わっていなかった、 そこにいる人々以外。
何もかもが懐かしく、何もかもが変わってしまった。
じわっと暖かな切なさが胸に広がり、しばらくその余韻に浸った。
ここは自分の還る場所。心が憩う特別な場所。そんな場所を持てる自分は、とても幸せだと思う。
- [2007/10/21 15:34]
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父親の風景
なんとなく父と話したいなぁと思っていたら、突然電話がかかってきた。なんでも、いまイギリスの空港で、これからミラノへ出張だそうだ。
父とはもう10年以上離れて暮らしている。
父とはもう10年以上離れて暮らしている。
- [2006/12/02 23:56]
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闘争本能
自分は筋金入りの負けず嫌いなのだと思う。自分がやろうとしていることが出来ないことに我慢がならない。ましてや、一度やると決めたことが、他人より劣っていると自分を許せないと感じる。いや、それどころか、自分に対する憎しみすら感じるのだ。
自分を突き動かしているものが一つあるとすれば、それはこういったある種の闘争本能であり、ルサンチマンかもしれない。ニコニコ人当たりがいいのは後天的に身につけたものであって、むしろ自分の根っこの部分には、そうとうギラギラした煮えたぎるものを感じる。
だから、劣等感を感じられない環境にいると、自分はダメになるのだろう。自分より優れた人間に囲まれていたいという願望がどこかにあるのかもしれない。
大学院における研究生活の真似事がなぜあんなに退屈だったのかについては、色々な場所で色々なことを言っている。おそらく、そのどれもが真実なのだと思う。でも、最も根本的な理由は、おそらく日常的に目標にできるようなライヴァルであったり、今は敵わないけれどいつか絶対越えてやると思わせるようなカリスマとの出会いに恵まれなかったからではないかと、最近思う。
一人でも、そうした闘争本能を掻き立てられるような相手に出会えていたら、果たして自分は就職を考えただろうか。それは自分にとって、非常に興味深い問いである。
自分を突き動かしているものが一つあるとすれば、それはこういったある種の闘争本能であり、ルサンチマンかもしれない。ニコニコ人当たりがいいのは後天的に身につけたものであって、むしろ自分の根っこの部分には、そうとうギラギラした煮えたぎるものを感じる。
だから、劣等感を感じられない環境にいると、自分はダメになるのだろう。自分より優れた人間に囲まれていたいという願望がどこかにあるのかもしれない。
大学院における研究生活の真似事がなぜあんなに退屈だったのかについては、色々な場所で色々なことを言っている。おそらく、そのどれもが真実なのだと思う。でも、最も根本的な理由は、おそらく日常的に目標にできるようなライヴァルであったり、今は敵わないけれどいつか絶対越えてやると思わせるようなカリスマとの出会いに恵まれなかったからではないかと、最近思う。
一人でも、そうした闘争本能を掻き立てられるような相手に出会えていたら、果たして自分は就職を考えただろうか。それは自分にとって、非常に興味深い問いである。
- [2006/11/22 22:20]
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あの頃
中学時代の友達からの突然の電話。
彼は医学生なのだが、時々、思い出したかのようにかけてきてくれる。
10年も昔の事を昨日のことのように語れる友達がいるというのは、たぶん幸せなことなのだろう。
ましてや、先の旅行でかつての母校を自分が訪れたことから、おのずと昔語りは花盛る。
彼は医学生なのだが、時々、思い出したかのようにかけてきてくれる。
10年も昔の事を昨日のことのように語れる友達がいるというのは、たぶん幸せなことなのだろう。
ましてや、先の旅行でかつての母校を自分が訪れたことから、おのずと昔語りは花盛る。
- [2006/09/21 10:04]
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いま自分に一番問うてみたい問い
- [2006/06/14 19:57]
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